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3章  7話 箱庭の外で二人with彩芽

「あれは――」

 天はある人物を目にして動きを止めた。

 視線の先にいたのは生天目彩芽。

 彼女が出てきたのは花屋だった。

 ――ALICEのメンバーは許可なく箱庭から出ることは許されない。

 外出にも毎回申請が必要なのだ。

 だからこそ、箱庭の中には多くの施設がある。

 それこそ箱庭の中だけでも生活が成立するくらいに。

「花束……?」

 彩芽が胸に抱いているのは花束だった。

 あいにくと天は花の種類に詳しくない。

 だからその花がどういう意味を持ち、どういう目的に用いられるのかを察することはできない。

 とはいえ花束を日常的に買うことはあまりないだろう。

「……そういえば、彩芽も今日外出予定だったよな」

 彩芽は今日、箱庭の外に出るための申請をしていたはずだ。

(……外に用事があるのか?)

 彩芽は花を持ったまま門を通り、箱庭を出ていく。

「……ちょっと行ってみるか」

 奇遇なことに、今日は天にも外出許可が下りている。

 今日ならば、彼女も箱庭の外に出られる。

 ――すでに身だしなみは整えている。

 今すぐにでも外出できる準備はできている。

「よしっ」

 天は彩芽の後を追い、箱庭を出た。



「………………それもそうか」

 天は先ほどまでの行動を後悔し始めていた。

 理由は、彩芽の用事の正体だ。

「考えてみればすぐ分かる話だっただろうが俺」

 そう自分を糾弾する。

 まず服装だ。

 彩芽が着ているのは――黒いワンピース。

 そして持ち物は花束。

 その時点で、察しておくべきだったのだ。

 しかし好奇心で浮ついていたのだろう。

 天が彩芽の目的に気が付いたのはかなり後のことだった。

 彼女が、道端に花束を置いた時のことだった。

 ここまで来たらさすがに分かる。

 彼女が、誰かの死を悼んでいることなど。

 喪に服すかのような服。

 そして、供えられた花。

 間違いようもない。

(――場所を変えるか)

 幸い、まだ彩芽に気付かれてはいないだろう。

 ここは見なかったフリをして、いつも通りに振る舞う。

 それがせめてもの罪滅ぼしだろう。


「――別に、隠れなくてもいいんですよ?」


 彩芽がそう言った。

 彼女はこちらを向いてはいない。

 しかし、ここにいるのは天くらいだ。

 つまり――

「悪い……。好奇心でっていうには……無神経だったよな」

 居心地の悪さを感じながらも天は彩芽の前に姿を見せた。

 どうやら尾行は失敗していたらしい。

「別に気にしなくてもいいんですよ?」

 そう彩芽は微笑んだ。

 彼女の表情からは、特に嘘を吐いているようには思えない。

「ここに……見られて困るようなものはありませんから」

 そう語る彩芽の表情は悲しげだった。

 ここに眠る思い出は、彼女にとって大きな意味を持つのだろう。


「…………母と弟、です」


「……もしかして顔に出てたか?」

そうですね(偶然ですよ)

 そう言って軽くウインクする彩芽は少し底知れない、色香とでも呼ぶべきものを感じさせた。

「私がALICEになる前の話で、ALICEになる理由になった場所です」

「…………」

 以前に聞いたことがある。

 ALICEは死人を特殊な技術で蘇生させたものだと。

 それを加味すると『ALICEになる理由』という言葉の本当の意味が分かる。

(ここは彩芽が――)

 ここは、()()()()()()()()()()()

 彼女たち家族が亡くなった場所なのだ。

「私たちはここで、《ファージ》に殺されました」

 彩芽は昔を思い出すように青空を仰いだ。

「当時はまだ《ファージ》を倒すための組織なんて存在しませんでしたから」

 彩芽は微笑む。

 組織を作ったのは彼女の父だ。

 おそらく、彩芽たちの死こそがキッカケとなりALICEが組織化されたのだろう。

「そう考えると、完璧とはいえないまでも、良い時代になりましたね」

「……」

「昔は、複数の場所で《ファージ》が現れたら――選ばないといけなかったんですから」

 選ぶ。

 その言葉の意味は――重い。

「到着にかかる時間。その場にいるであろう人数の想定。どちらの戦場を先に回ったほうが、より多くを救えるのか。人の生き死にを、数字の大小で決めてしまう……なかなか、慣れるものでは……慣れたいものではありませんでしたから」

 今はALICEの動きも効率化され、現着にそれほど時間を要しない。

 人数も増えたため、必要となれば散開して複数の戦場の対応にあたることができる。

 確かに彩芽の言う通り、昔に比べたのなら救える人間の数は飛躍的に増えたことだろう。

(そうか――)

 蓮華と彩芽。

 二人はALICEの中でも古参にあたる。

 そして、彼女たちが持つ風格の正体を天は感じ取った。

 ――触れてきた死の数だ。

 救えない人間のほうが多かった時代を越えてきた彼女たちだからこそ、彼女たちの歩みには重みが宿っているのだ。

「――私は忘れません」

「?」

 彩芽の声が小さかった。

 誰にも聞かせるつもりの言葉ではなかったのだろう。

 そもそも、口にしていたことさえ気が付いていないのかもしれない。

 なぜなら――


「あいつの顔だけは――忘れない」


 なぜなら――その時の彩芽の目は、どす黒い炎に支配されていたから。


 彩芽が死亡したのは今から20年前。そして彩芽は20歳。

 つまり生まれてから40年。実質40さ――


 それでは次回は『箱庭の外で二人with彩芽2』です。



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