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3章  4話 迫るサマーライブ

「やっとモノになってきたか……」

 天は汗を拭う。

「やっぱ曲が増えるとキツイな」

 8月に行われるサマーライブは、天にとって初めて全体を通して出演するライブとなる。

 新曲だけでよかったデビューライブとは大違いだ。

「それでも、かなり良いペースで進んでいると思いますわ」

 アンジェリカは天にそう言った。

「とはいえ、俺の場合はズル有りだからな」

 苦笑する天。

 彼女の瞳には幾何学模様が浮かび上がっていた。

 彼女が持つ《不可思技(ワンダー)》である《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》。

 《象牙色の悪魔》は脳のスペックを無理やりに引き上げる。

 それに伴う絶対記憶能力。

 加えて強化された並列思考能力を用いることで、常人には真似できない速度でライブの際の動きを頭と体に叩き込んだのだ。

 ほとんどドーピングに近い。

「本番で使うわけにもいかないからな」

 《象牙色の悪魔》の補助なしでは、まだ危うい部分がある。

 それでは駄目なのだ。

「にしても、最初とは大違いだよな」

 そう口にしたのは美裂だった。

 彼女は意地悪く微笑んでいる。

「最初のころは文句ばっかで、明らかに嫌々って感じだったのにさ」

「ぐ……」

 天は言葉を詰まらせる。

 否定できない事実だからだ。

 元男として、女性アイドルとしてステージに立つことへの抵抗。

 それは明らかにレッスンへの姿勢にも現れていた。

「……悪かったよ。正直、雰囲気悪かったよな?」

 みんなが真剣にレッスンをしている中、あからさまに渋々レッスンをしている人間がいる。

 あの時は余裕がなかったから気付かなかったが、考えてみれば周囲の空気に悪影響を与えていたのではないだろうか。

「ま、誰も気にしてねーだろ。アタシたちは別にオーディションを受けてここまで来たってわけでもないからな。最初からアイドルをやりたかった奴のほうが珍しいだろ」

 本当に何も気にしてない様子で美裂はそう言った。

 ――天自身も含め、ALICEのメンバーはそれぞれにアイドルとしての生き方に意味を見出している。

 だが、自分の意志で選んだ道ではない。

 いきなりALICEとして世界を救うことになり、その傍らでアイドルとしての活動をするように言われた。

 そのまま受け入れられるほうが珍しいのかもしれない。

「奇遇にもわたくしは以前から似たような夢を持っていたこともありましたし。渡りに船といったところでしたわね」

(アンジェリカの夢は――)

 この前、彼女の口から生前の記憶について聞かされた。

 その際、彼女の夢についても触れることとなった。

 天条アンジェリカが生前に目指していたのは歌手。

 確かに、ある意味で方向性は似ているのかもしれない。

「アタシは完全にビジネスだったな。ガラじゃねーし」

 美裂の言葉はおおかた想像通りだ。

 アイドルに興味津々な彼女というのはいまいち思い浮かばない。

「だった。ってことは、今は違うのか?」

 そう天は尋ねた。

 美裂の口ぶりからして、今となっては彼女なりのアイドルを続ける理由があるのだと思ったからだ。

「……まぁな。光の当たる場所なんて居心地が悪いだけかと思ってたけど……最近はそうでもねぇな」

 美裂は頭を掻く。

 彼女の瞳はどこか遠くを見つめている。

 生前の己と、現状を見比べているのだろうか。

「そういえば、今回の衣装ってどうなるんだ?」

 天は疑問に思っていたことを口にした。

 衣装。

 それは、彼女にとって最大の懸念事項だ。

 最近はアイドルとして生きることを受け入れ始めた天。

 だが、可愛らしい衣装というのは今でも慣れない。

「夏だからって露出が多かったりしないよな……?」

 不安が募る。

 フリフリのスカートでさえも難易度が高いというのにそれ以上となれば――

「サマーライブの衣装は、毎年大枠のデザインは同じだったと思いますわ」

 そう言うと、アンジェリカは部屋の隅に駆けてゆく。

 そこには彼女の私物を入れたバッグが置かれている。

「これですわ」

 アンジェリカが取り出したのは雑誌だった。

 ALICEについて書かれている雑誌――それも前年号のようだ。

 その中の一ページを選び、アンジェリカは天の眼前に広げて見せた。

 そこにあったのは昨年のサマーライブの写真。

 まだALICEが蓮華と彩芽の二人組だったころの写真だ。

「これなら……」

 天は少し安心した。

 写真の中の蓮華たちが着ているのはシャツだ。

 シンプルでいて夏らしい白シャツ。

 ラフではあるが、特別露出しているわけでもない。

「あー。そうだったな」

 写真を見て思い出したのか、美裂はうなずいていた。

「…………ふぅ」

 どうやら、今回は羞恥地獄に襲われる心配はなさそうだ。

 そう安堵していると――

「なんだ? 水着でおっぱい揺らしながら踊りたかったのか?」

「そんなわけないだろッ……!」

 美裂の冗談に天は猛抗議する。

 ――実はその可能性も考えていただけにシャレになっていない。

「そんなツンデレツインテールに朗報だぜ」

「だから、ツンデレじゃないし」

 肩に手を回してくる美裂。

 彼女は明らかに悪いことを考えている微笑みを浮かべていた。

「アタシもさっき思い出したんだけどさ。サマーライブって恒例の演出があるんだよな」

 ――嫌な予感がする。

「ほら。夏だし、踊ってると暑いだろ? そうなると体力もきついからな。クールダウンもかねて、ステージにミストが散布されるんだよ」

 炎天下で踊れば体力を消耗する。

 パフォーマンスを維持するためにも、ミストによって気温が下がるのは助かる。

 助かる……はずなのだが。

「でまあ、ここからが演出の話だな」


「端的に言えば、汗とミストでシャツが透ける」


「…………!?」

 ここに来て初めて、天は悪魔的演出の正体を知った。

 薄手のシャツ。猛暑の中で踊ることによる発汗。

 さらにミストを吹きかけられたのなら。

 シャツが濡れ、肌に張り付くのはある意味で必然。

「つっても、シャツの下は水着だから安心だろ?」

「どどど、どこがだッ……!?」

 めちゃくちゃ動揺した。

「ほら。やっぱアイドルだからな。濡れ透けサービスくらいはしとかないとな」

「マジか……」

 白シャツに安心していた自分の浅はかさを呪う。

 どうやら、サマーライブも羞恥地獄となりそうだった。


 8月はサマーライブとなります。


 それでは次回は『大人たちの話』です。



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