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3章  2話 株式会社ALICE

「ん……?」

 天は首を傾げた。

「どうにも慌ただしいよな……?」

 アイドルと救世主。

 片方だけでも忙しい二足の草鞋を履いているのだ。

 当然ながら携わるスタッフも暇を持て余してはいない。

 だが、それを加味しても妙だ。

 忙しそうなだけではない。

 緊張感が伝わってくる。

「なんかあったのか……?」

 考えていても分からない。

 天は近くのスタッフに尋ねることにした。

「なあ莉子」

 天が話しかけたのはメイド服の少女。

 莉子。

 かつて天が《ファージ》から助けた少女。

 だが一度、《ファージ》に捕食されたことで彼女は世界から抹消されている。

 そうして行き場を失った彼女は、この箱庭のスタッフとして働いているのだ。

「あ、な、なんですかっ――?」

 莉子は床掃除をしながら一瞬だけ天を見る。

 しかしすぐに彼女は天を気にしつつも作業に戻ってしまった。

「悪い……忙しかったよな」

 莉子が明らかに天よりも業務を優先している。

 つまり、それほど切羽詰まっているということだ。

「悪い……やっぱいい」

「だ、大丈夫ですよ……?」

 そう言って莉子は掃除を止める。

 もっとも、視線が床に何度も落ちているが。

 どうやら本当に忙しいらしい。

「……別に重要な話じゃないから、掃除しながらでいいぞ」

「はい……では」

 莉子は掃除に戻る。

「なんか今日はみんな忙しそうだけど、何かあったのか?」

 天がそう尋ねると、莉子が目を瞬かせた。

「――知らなかったんですか?」

「え……なんか仕事入ってたか?」

 もしや天が忘れていただけで今日は仕事が入っていたのだろうか。

 肝が冷えかけるが――


「今日は、社長が来る日だって先輩たちが……」


「………………マジか」

 結局、肝が冷えることとなった。



 株式会社ALICE。

 それが箱庭の正式名称だ。

 となれば当然だが存在している。

 代表取締役と、株主が。

 話を総合するに、今日は代表取締役と筆頭株主が事務所の視察に訪れる日らしい。

「そういうの、ちゃんと言うべきじゃないのか?」

 天は蓮華にそう抗議した。

 現在、ALICEの面々は事務所の前に並んでいる。

 ――来客を迎えるために。

「別にアンタに求めることなんてないんだから、言う必要はないでしょう?」

 蓮華は天の恨めしそうな眼もスルーしてそう言い切った。

「あくまでアタシたちは事務所の方針に従うだけよ。話し合いには口出し無用。精々、出迎えと見送り。上役の前で普段通りのレッスンをするくらいだもの。いつもと違うことなんてないわよ」

 蓮華はそう言って肩にかかったポニーテールを払う。

 彼女は普段通りだ。

 これまで、何度も経験があるのだろう。

「それとも何? 普段は、人に見せられないような手抜きでレッスンをしているのかしら」

「そう見えるのか?」

「見えていたら蹴り倒しているわね」

 そんなことを言っていると、莉子が門から走ってきていた。

「――いらっしゃいましたっ」

 そう手を振って彼女が伝えてくる。

(初めてだな――代表取締役と筆頭株主か)

 これまで会ったことがない人物たち。

 天は唾をのむ。

 門が開き、黒い車が走ってくる。

 車は事務所の前で停まる。

 運転席から出てきたのは妃氷雨だ。

 普段は上司として指令を出している彼女が運転手をしているというのは何となく違和感がある。

 一方で、氷雨は淡々とした様子で後部のドアを開き、上役を迎えた。

「っ」

 車から黒い脚が見えた。

 現れたのは細身の男性だった。

 シンプルでありながら高級感のあるスーツ。

 所作は堂々としており、精悍な顔立ちは整っている。

 年齢は50代といったところか。

 だが、その眼は猛禽類のような鋭さを宿し、見ていて気圧される。

 剥き出しの刃を思わせる、爛々とした光がその眼にはあった。

「あれが――」


「あれが生天目(なまため)厳樹(いつき)代表取締役よ」


 天の耳元で蓮華がそうささやいた。

 さすがに名前も知らないのでは問題があると判断したのだろう。

「ん? 生天目?」

 天は彩芽を盗み見る。

 彩芽――()()()彩芽。

 偶然の一致とは考えにくい。

「アンタの予想通りよ。ウチの代表取締役は、彩芽の父親よ」

「父親……」

 天は横目で彩芽の表情をうかがう。

 普段通りの表情。

 アイドルとして、誰かに見せるための柔和な微笑み。

 だが、そこに少し陰りがあるように思えた。

 それは天の勘繰りすぎなのか――

「で、あれが筆頭株主の財前貴麿(ざいぜんたかまろ)さんよ。うちの株式の6割以上を保有しているから、事務所への影響力は絶大よ」

「……いかにも、だな」

 厳樹の背後から現れたのは恰幅のいい老人であった。

 見たこともない大きさの宝石が付いた指輪など、身に着けているものは天が見てもわかるほどに高価だ。

「――枕営業とかさせそうだなぁ……って思っただろ」

 耳元で美裂がそうささやいてきた。

 彼女の表情はニヤついていた。

「ちょ、ちょっとしか思ってないし……!」

「――思っていたんですのね……」

 小声で否定した天をアンジェリカは半眼で見つめていた。

 すると美裂は天の肩に手を置く。

「安心しろよ。ああ見えて財前のおっさん、結婚して子供もいるからよ」

「そ、そうなのか……」

「ま、40歳くらい年下の女とだけどな」

「安心できねぇだろ……!」

 むしろ危機感さえ覚える。


「《紫色の姫君(パープル・プリンセス)》」


「「「ッ!?」」」

 そんな話をしていると突如、天たちの体に電流が流れた。

 原因は蓮華だ。

 彼女は地面に紫電を這わせ、天たちに流し込んだのだ。

「(静かにしなさいよ)」

 天が蓮華に目を向けると、彼女は口の動きだけでそう言った。

 気が逸れている間に、厳樹たちが近づいてきていたらしい。

 上役に気付かれる前に忠告したのだろう。

 もう少し穏便な警告がよかったのだが。

(この人がうちの事務所のトップか……)

 先頭を歩いているのは厳樹だ。

 彼は堂々と事務所に向かっている。

 そしてそのまま――

「――――――――」

 ――ALICE全員を素通りして事務所に入っていった。


 娘であるはずの彩芽さえ無視して。


(……今の目)

 すれ違う時、天は厳樹の表情を盗み見ていた。

 一瞬たりとも視線を彼女たちに向けることのなかった厳樹。

 なんとなく分かる。

 生天目厳樹は野心家だ。

 己が目指すもののためならすべてを捨てられる。

 目指すもの以外は路傍の石でしかない。

 この瞬間、彼の目に天たちは映っていない。

 そう、なんとなく察してしまった。

 ふと天は彩芽へと視線を向けた。

 父のあまりに薄情な態度。

 それに対して、彩芽は――

「……いつものことです」

 いつも通りに微笑んでいた。

 いつも通り、微笑みを作っていた。

 彼女の言う通り、いつものことなのだろう。

 生天目厳樹は時や場合、感情で行動を変える人間ではない。

 ほんの数秒の交錯でもそれが分かってしまうくらいに一貫した人物だった。

 良くも悪くも、他人の影響を受けない。


「ああ、君が新しいメンバーの天ちゃんだね?」


「…………?」

 厳樹へと意識を向けていたせいで、天は目の前にいる人物の存在に声を掛けられるまで気が付かなかった。

 天が正面に視線を戻せば、そこにはいかにも富豪といった風貌の男性が立っていた。

「初めましてだね。天ちゃん」

 男性――財前貴麿が笑う。

「は……初めまして……」

「おやおや。天ちゃんはステージの下ではシャイなのかな?」

 笑う貴麿。

「はは、はははははは…………はぁ」

 追従して笑う天の声はあまりにも空虚だった。


彩芽の父がALICEの創設者です。

彼なくして、この物語はなかったと言えるでしょう。


それでは次回は「初めての接待」です。

ちなみに、ALICEはいかがわしい接待はいたしません。

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