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2章 エピローグ2 夢の前

「どうしてこうなったんだ?」

 天は私室でそう呟く。

 現在は夜。

 明日のレッスンのことを考えたら、もうそろそろ眠るべき時間だ。

 なのに彼女の部屋にはもう一人の少女がいた。

「どうしてかと言いますと……快気祝い?」

「発案者が疑問形ってどうなんだ?」

 天の前で首を傾げているのはアンジェリカだった。

 ――アンジェリカが部屋を訪ねてきたのは少し前のこと。

 来月にライブを控えているためお菓子の持参こそなかったが、彼女が提案したものはいわゆるパジャマパーティ――そしてお泊まりだ。

「それにしても、天さんが無事で良かったですわ」

 アンジェリカはそう言うと、コップの中の水を飲む。

 さすがアイドルというべきか。

 こんな時間にジュースを飲むことはない。

「そういえば俺に《不可思技(ワンダー)》を使ってくれてたんだよな。ありがとな」

 美裂がほのめかした内容から考えると、アンジェリカは天が意識を取り戻す確率を上げるために《不可思技》を使用していた。

 《金色の御旗(ゴールド・フラッグ)》。

 幸運を前借りする能力。

 半面、先取りした幸運の反動は後々の生活へと向けられる。

 天を目覚めさせるために使った幸運。

 対価としての不幸はアンジェリカが払うこととなる。

 なんとも損な役回りだと思う。

 自分のために使ったわけでもない幸運のツケを払わされるのだから。

「どういたしまして、ですわ」

 しかし、そんなことは些細といった様子でアンジェリカは微笑む。

 とぼけるでもなく、恩着せがましくするわけでもない。

 ただ天の礼を受け入れる。

 そういう素直な――さっぱりとした性格は彼女の魅力だろう。

「「………………」」

 しばしの無言。

 会話もなければ、テレビの音もしない。

 二人はテーブルを前に、並んで床に座っている。

 肩が触れるかどうかという距離。

 視線も言葉も交わさない時間。

 耳鳴りしか聞こえない静寂がそこにあった。

 だが不快感はなく、むしろ穏やかな気持ちになる。

「――聞きませんの?」

「?」

 静寂を破ったのは、アンジェリカの問いかけだった。

 彼女はこちらを向くことなく続きを口にする。


「わたくしの過去についてですわ」


 過去。

 それはレディメアが夢の世界で触れた話だろう。

 貶めるような言い方であった。

 だが、アンジェリカ自身もそれを事実と認めた。

 そこに抱いた感情はともかく、出来事そのものに相違はないと認めた。

「聞いて欲しかったのか?」

 天はそう尋ねた。

 過去というのは厄介だ。

 過ぎ去っているくせに、現在にも――未来にも影を落とす。

 安易に触れたのならば傷つける。

 いや。どんなに気を配っていても、痛みを伴わずに触れることは叶わない。

 だから天が選択したのは不干渉。

 アンジェリカを大切に思うからこそ、触れないと決めた。

「そう……ですわね」

 アンジェリカは体育座りのまま、額を膝に押し当てた。

 うつむいたことで金髪が垂れ、彼女の顔を隠す。

 数秒の沈黙。

 そして彼女は顔を上げて微笑んだ。


「ちょっとだけ……聞いて欲しい気分ですわ」


 傷つけることなく過去に触れるのは難しい。

 それが叶うとしたのなら、本人がそうしたいと思った時。

 過去を、誰かと共有したいと思った時だけだ。

「なら……聞いても良いか?」

「ええ」


 そうして、アンジェリカは語り始めた。

 ――バッドエンドが確定した物語を。

 少女が全力で走るも、ついに夢が叶わなかった物語を。

 だけど、彼女は言うのだろう。

 物語の結末はハッピーエンドだと。

 ついに夢は叶わなかったが、少女が全力で走り抜けた物語だと。

 きっと、彼女なら言う。

 そうでなければ、語り始めたアンジェリカが幸せそうに微笑んでいるはずがない。

 ――今夜は長くなりそうだ。

 だけど、この夜更かしを後悔することはないだろう。



「お互い、悪運は強いみてぇだな」

 黒い世界で少女はそう言った。

 影で作られた城。

 その一室には二人の少女がいた。

 金髪の小柄な少女と、赤髪を三つ編みにした少女が。

「あれ? そっちも生きてたんだね」


「――――ミリィ」


 赤髪の少女――レディメア・ハピネスは少女の名を呼んだ。

 そんな彼女に向かって、金髪の少女――グルーミリィ・キャラメリゼはお菓子を放る。

「食うか?」

「珍しいね」

 レディメアはそう笑うと、お菓子の包みを手に取った。

 確かに、グルーミリィが他人にお菓子を渡すなど珍しいことだ。

 もっとも、九死に一生を得た同胞への気まぐれ以外の何物でもないのだが。

「にしてもヒデぇやられ具合だな。殺される直前に、なんとか夢の世界から抜け出したって感じか?」

「――まぁね」

 レディメアは拗ねたようにそう言った。

 自身の失態を突かれては気分が悪いのだろう。

「ま、オレも偶然生き残っただけだから詳しくは聞かないでおいてやるよ」

「アタシは実力で脱出したもんね」

「……んなメンドくせぇ意地張る必要あるのか?」

 グルーミリィたちがいるのは影の世界――反転世界だ。

 世界と重なり、それでいて異質な世界。

 ここは《ファージ》が住む世界だ。

 同じようで位相の違う世界に生きている彼女たちだからこそ、人間に認識されることはない。

 まさか影の向こう側にこんな世界があるなど、人間たちは想像もしていないだろう。

「こっちの世界のほうが回復は速いからな。しばらく、ここで身を潜めとくしかねぇだろうな」

 反転世界は《ファージ》が生まれた地。

 だからこそここの空気は体に馴染み、回復を助ける。

 時間こそかかったが、瀕死のグルーミリィがある程度のところまで回復できるほどに。

 食事をしていないせいで腹の虫が鳴っているけれど、死の危険からはすでに脱している。

 もっとも、本調子には程遠いが。

「にしても予感がしやがるな」

「予感?」

 レディメアの問いに、グルーミリィは神妙な表情を浮かべる。

「運命の歯車が回り始める予感ってやつだよ」

 何かが変わった。

 物語が始まってしまった。

 そんな気がするのだ。

「立て続けにオレとお前がやられるなんて相当だろ? お前に至っては、敵に感知されることそのものが珍しいしな」

 レディメアは人間の夢に寄生することで、敵対者に見つかるリスクを極限まで下げている。

 そんな彼女が偶然見つかった。

 そして敗北して深手を負った。

 グルーミリィが戦ってから数ヵ月しかたっていないにもかかわらず、だ。

 下級や中級の《ファージ》が討たれるのとはレベルが違う。

 運命的な何かを感じずにはいられない。

「これは――あれだな」


「もうそろそろ、他の奴らも動き出すぜ」


 その予感には自信があった。


次話で2章は終了です。


それでは次回は「記憶の欠片・天条アンジェリカ」です。

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