2章 14話 見る夢、掴む夢
「この世界では、アイツは不死身に近い……」
天はレディメアについてそう判断した。
心臓を潰されたのなら、新しい心臓を作る。
そんな力ずくの論法で息を吹き返す。
夢の世界であるがゆえに、想像がそのまま現実となる。
少なくともレディメアにとってはそうなのだ。
「それでも一発で意識を飛ばせば倒せる」
気絶してしまえば心臓を増やすことも、傷を消すこともできない。
少しずつ削るような戦い方に意味はない。
一発で意識を刈り取ることだけが唯一の道だ。
「リスクは高いけど――やるか」
天は一つの決意を固める。
《象牙色の悪魔》の――最強の姿を見せる決意を。
☆
「邪魔……くさいなぁ!」
レディメアは不満の声を上げながら石柱を薙ぎ払う。
戦場には大小さまざまな石柱が伸び、彼女の動きを阻害している。
これは美裂が《石色の鮫》で用意したステージだ。
怪物じみた肉体で戦うレディメアにとって、林のようにそびえる石柱は目障りだろう。
一方で、武器を使わないアンジェリカにとっては苦にならない戦場だ。
むしろ敏捷な動きを活かせる複雑な構造。
石柱が視界を遮ることで接近も容易になる。
事実、アンジェリカの拳が一方的にレディメアを打ち続けている。
「はぁ!」
しびれを切らしたのか、レディメアは腕を広げたままその場で回転する。
巨腕を独楽のように振り回す雑な攻撃。
だが雑だが暴力的な攻撃は石柱ごと周囲を蹂躙する。
しかし――
「遅いですわ」
すでにアンジェリカは空中に浮いていた。
レディメアの攻撃動作を見切り、あらかじめ跳んで避けていたのだ。
そして今、アンジェリカはレディメアの頭上を取った。
「終わりですわッ!」
アンジェリカの踵がレディメアの脳天を打ち抜く。
レディメアは顔面から勢いよく地面へと叩きつけられた。
「これは……キツイなぁ」
どうやら意識を刈り取るには至らなかったらしく、レディメアは身を起こす。
だが形勢は傾いている。
このまま戦えばいずれ、レディメアを押し切れる。
そう確信していたのだが――
「もう――良いや」
突如――地面が揺れた。
上空に亀裂が走った。
それはまるで世界の終わりだ。
「他人の夢だし、壊しちゃおうか」
レディメアは笑う。
「地面がなくなれば人は生きていけない。地面がなくなれば、一生落ち続けるしかない」
――でもアタシは違う。
「精々、餓死するまで落ち続けなよ。みんな死んだら、アタシは現実世界に帰るから」
ALICEの中に飛行能力を持つ者はいない。
しかしレディメアなら滞空も可能だろう。
この世界において、彼女が出来ないことのほうが少ないのだから。
だから陸を奪う。
夢の世界の環境そのものを変化させることで勝利する。
そんな手段をレディメアは選んだのだ。
(マズいですわね)
すでに周囲の陸には深々と亀裂が走っている。
アンジェリカとレディメアだけを隔離するように周囲から離れてしまっている。
5メートルくらいの幅の裂け目。
普段であれば、ALICEの脚力を活かせば問題がない距離だ。
しかし崩落する地面は激しく揺れており、いつも通りの跳躍など望めない。
だから今、仲間たちの援軍は期待できない。
レディメアを止められる位置にいるのはアンジェリカだけだった。
「ッ!?」
レディメアの意識を落とす。
そのためにアンジェリカが駆けだそうとして――転んだ。
足首に激痛が走ったのだ。
見てみれば、足首が腫れ上がっている。
(……さっき着地した時に)
違和感はあった。
レディメアに踵落としを食らわせた後。
着地の際に何かを踏んだような気がした。
おそらく砕けた石柱の欠片だろう。
そのせいで着地時のバランスが崩れ、足首を捻っていたのだ。
戦闘の興奮で痛みに気付けなかったのだろう。
だがその事実を理解したことで、痛みが増してゆく。
揺れる足場と、痛めた足。
二つの要因が合わさり、アンジェリカは立ち上がれない。
ほんの数メートル先にいるレディメアに近づけない。
数メートルが――遠い。
「運が悪いねぇ。そんな小石のせいで、勝敗が決しちゃうなんて」
レディメアは笑う。
些細な出来事。
ほんの少し、アンジェリカが着地する地点が違っていたら。
それだけで変わった未来。
だが、現実としてアンジェリカの足は動かない。
現実として、レディメアは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「そんなことは――ありませんわ」
しかしアンジェリカは微笑む。
レディメアから視線を外し、振り返りながら。
「わたくしは、本当に運が良いみたいですわね」
「こんなに頼れる仲間がいるのですから」
赤い閃光がアンジェリカの隣を駆け抜けた。
☆
「彩芽先輩。治せそうになかったら、俺の事は治さなくて良いからな」
そう天は言った。
(コイツを使ったら死にかねないからな)
万が一にでも致命傷を彩芽が引き受けるようなことがあってはならない。
だからこそ天はそう言った。
「《象牙色の悪魔》……。《悪魔の脳髄》《悪魔の眼》《悪魔の四肢》――並列駆動」
脳が、目が、手足が。
すべて悪魔的な力に満ちてゆく。
幾何学模様が瞳に浮かぶ、光脈が全身に走る。
未来演算。観察眼強化。身体強化。
そのすべてを同時に発動させる。
明らかなオーバーパワー。
今の天では扱いきれない暴力的な強化。
(1秒だけだからさ……もってくれよ)
たった一秒で脳神経を焼き尽くしかねない暴挙。
それを天は――行使した。
「――――――《悪魔の心臓》」
《象牙色の悪魔》の最終形態。
負担が大きく、個別にしか使えなかった能力を同時に使用した姿。
その強さは足し算ではなく掛け算。
全ての要素が噛み合い、超次元の戦闘力を引き出す。
もっとも、脳への負荷も同倍率で増してゆくのだが。
「1秒で終わらせてやる」
天が消えた。
音を置き去りにして加速してゆく。
身体強化の倍率も反動をかえりみないフル発動だ。
おかげで筋肉が断裂する音が聞こえてくる。
音速を越えたことで衝撃波が巻き起こり、周囲の地面が抉れてゆく。
たった一歩で裂けた地面を飛び越え、レディメアに肉薄する。
(――――人体の急所を解析)
レディメアの体の一部に光が宿る。
胸の中心。脇腹。下腹部。左鎖骨。
今のレディメアの体勢では骨格的に絶対防げない箇所を悪魔がピックアップしてくれる。
そして、効率よく人体を破壊できる力の入れ方、角度も。
「はぁぁぁあああああああああッ!」
天は己の肉体をも壊すパワーで殴りつける。
1秒。いや、厳密にはコンマ数秒。
その限られた時間で天は10発を越える殴打を叩きこむ。
「ッツ!?!?!?」
レディメアの視点では、何が起こったのかなど分からないだろう。
それほど圧倒的な理不尽さで彼女の体が吹き飛ばされた。
彼女の体は殴り飛ばされ、一瞬にして星屑のように小さな影となる。
あれでは意識など保てないだろう。
そして、治す間もなく即死のはずだ。
それを証明するかのように、夢の世界が揺らいでゆく。
先程のように乱暴な崩落ではない。
あるべき流れに乗って、夢が覚めてゆく。
「……どうだ」
「QED……ってな」
そのまま天は意識を失った。
次から3話ほどエピローグとなります。
それでは次回は「夢の後」です。