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2章 13話 不愉快ですわ

 レディメアの剛腕がアンジェリカを襲った。

 想定外のタイミング。近すぎる間合い。

 それらの要素が、アンジェリカから回避の可能性を奪った。

「ぁぐっ……!?」

 巨大な腕がアンジェリカの体を掴み上げた。

 運悪く両腕を巻き込むようにして捕らわれたために反撃の術さえない。

「っ、っ~~~~!」

 体を握り締められる痛みにアンジェリカは表情を歪める。

「よっこいしょっと」

 レディメアの両腕が外れた。

 まるで最初からそうなるパーツであるかのように。

 事実、彼女の細腕は健在であり、厳密には切り離したというよりも巨腕から『引き抜いた』という表現のほうが適切かもしれない。

 彼女から切り離された腕は空中で固定されており、アンジェリカを拘束する役割を継続している。

 レディメアは巨腕の上に腰かける。

 彼女はアンジェリカの顔を覗き込むと、再び腕を肥大化させた。

「ふふ……!」

 意味深に笑うレディメア。

 それに妙な危機感を覚え、アンジェリカは片眉を上げる。

「なにを――」

「えい」

「ッ!? っ~~~!?」

 アンジェリカは声のない悲鳴をあげた。

 怪物の巨腕が彼女の胸を掴んだのだ。

「君も知ってるよね? 夢って、記憶を整理するために見るもの~って話」

「それが……どうしたんですの?」

 拘束を解こうと試みながらアンジェリカはそう問いかける。

 そんな彼女にレディメアは嗜虐的な笑みを向けた。

「簡単な話だよ」


「アタシは、君の記憶も全部分かっちゃってるんだよねぇ」


「………………」

「本当、君って可哀想だよねぇ」

 レディメアはそう声を上げた。

 意図は単純だ。

 周囲にいるアンジェリカの仲間たちにも聞かせるためだ。

「必死に追いかけた夢は叶わない。家族と仲直りだってできない。世間からの評価は恵まれた環境を抜け出してのたれ死んだ夢見がちなお馬鹿さん」

 レディメアはあえて悪意のある言葉を選ぶ。

 そうやってアンジェリカの過去を貶める。

「ねえ知ってる? 知ってるよね。だってここで知り得る事実は、全部君が知っていることだからね。君の家族は、君のことなんて覚えてない。お母さんも君のことなんていなかったみたいに()()()()()()()を生んだみたいだよ? もちろん、妹だって君の存在は知らない。お母さんが妹に言ってるよ?」


「『貴女が一番の宝物だ』って」


「君の家族の中に、君の居場所なんていない。同率一位どころか、心の隅にさえいない存在なんだよ」

 

「本当……可哀想」



「本当……可哀想」

 その言葉に、天は血が沸騰するような感覚を覚えた。

 レディメアはアンジェリカの過去を辱め、貶めている。

 その事実が許せない。

「――そんなことはありませんわ」

「嘘は無意味だよ。夢は無防備だから、記憶を隠すことはできない。だからアタシは知っているんだよ」


「君の過去は最後まで報われることなんて――」


「アンジェリカ! コイツの言うことに耳を貸すな!」

 天は声を上げた。

 これ以上、あんな毒言を聞く必要はない。

 自分が歩んできた人生を否定する言葉。

 それは心を蝕む劇薬となる。

 だから、少しでも彼女に向けられる言葉を遮ろうと天が叫ぶも――


「お黙りになってッ!」


 アンジェリカの怒声が響いた。

 それを聞いて、レディメアは笑う。

「あはははは! 仲間に八つ当たりしちゃったね!」

 アンジェリカは俯いており、表情が見えない。

「可哀想な君。アタシが、救ってあげようか」


「不幸も不運も全部忘れて、幸せな夢に溶けちゃおうよ」


「アンジェリカ!」

 レディメアの顔がアンジェリカに近づいてゆく。

 まるで接吻をするかのような仕草。

 直感的に分かってしまう。

 あれを受け入れてしまえば、もう戻れないと。

「ッ!」

 天は大剣を投擲する。

 ブーメランのように飛来したそれを――レディメアは剛腕で振り払う。

「くっ」

 レディメアを止めることは叶わない。

 そのまま緩慢な動きで二人の影がつなが――

「ぁがッ!?」

 レディメアがのけ反った。

 原因はアンジェリカだ。

 彼女が放った――強烈な頭突きだ。


「さっきから聞いていれば、人の人生を可哀想だ、不幸だ、不運だなどと……」


「――――不愉快ですわ」


 アンジェリカが顔を上げる。

 そこに浮かんでいたのは――怒りだった。

「ええ。認めますわ」

 アンジェリカは身をよじる。

 そして無理やり片腕を引き抜くと、少しずつ巨腕から抜け出してゆく。

「わたくしの夢は叶いませんでしたわ。家族と仲直りもできなかったし、わたくしを覚えている方はいませんわ」

 彼女は否定しない。

「妹はわたくしのことなど知りませんし、客観的に見れば馬鹿が夢を見て無駄死にしたように見えるのかもしれませんわね」


「でも――わたくしはあの人生に満足していますの」


 だが、彼女は否定する。

 たった一点だけは。

 譲れない一点だけは確固とした意志で否定する。

「何も為せなかったけど、全力で生きてきたから……。わたくしは、あの終わりにも納得していますの」


「わたくしは努力で越えられる障害を不運とは呼びませんわ。わたくしは自分の意志で選んだ結末を不幸とは呼びませんわ」


「実力不足を不運だなんて言い訳はしませんわ。自分の意志で踏み出した人生を不幸などと嘆きませんわ」


「わたくしの人生の価値を――勝手に決めないでくださいませ!」


 そうアンジェリカは叫んだ。

「…………そりゃあ怒るよな」

 天は頭を掻く。

 彼女の言葉を遮ったアンジェリカの怒声。

 それは紛れもなく怒りからくる声だった。

 だが、天はその意味を履き違えていた。

 アンジェリカは怒っていた。

 レディメアにじゃない。レディメアと天の二人に。


「俺もアイツも――勝手にアンジェリカを不幸だなんて決めつけていたんだからな」


 上っ面だけの事実で、彼女の人生の意味を知った気になっていた。

 アンジェリカの人生を不幸だと笑ったレディメア。

 アンジェリカの人生を不幸だと思っていたからこそ、レディメアの言葉から守ろうとした天宮天。

 ――勘違いも甚だしい。

「最初から言ってたじゃんか」

 ――わたくし自身は、自分の人生に悔いなどなくてよ?

 そう言っていたではないか。

 空回りも、有難迷惑もいいところだ。

 大きなお世話だったのだ。

 ――怒って当然だろう。

「挫折も不幸も――関係ないんだよな」

 自分の人生の価値は自分で決める。

 常識や他人に流されない。

 どんな結末に終わろうとも、恥じることなく胸を張れる。


 天条アンジェリカは、そんな強い女性なのだから。


 アンジェリカの具体的な過去については章末で語ることになると思います。

 

 それでは次回は『見る夢、掴む夢』です。



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