2章 12話 夢の怪物
「手応えあり……!」
壁越しに天はレディメアを貫いたことを確信する。
《悪魔の四肢》により強化された身体能力によって穿たれた石壁にヒビが広がってゆく。
そして崩落する。
見えたのは背後から心臓ごと体を貫かれたレディメアの姿。
明らかに心臓を破壊されている。
だが――彼女は笑っていた。
首だけで天へと振り返り、レディメアは笑む。
「危なかったかな?」
レディメアの腕に変化が現れる。
血管が浮き上がり、肥大化し、異形と化す。
「心臓が二つなかったら死んでたよ」
筋骨隆々とした緑色の腕。
他の部位と比べて明らかにアンバランスな剛腕をレディメアが振るう。
「ぐッ」
天は大剣を盾にして受け止める。
だが質量差に押され、体勢を崩した。
(未来演算をしていなかったせいで反応が遅れたか……)
現在、天は未来演算を行っていない。
だがそれは手を抜いているわけではない。
原因は《悪魔の四肢》だ。
身体強化に演算リソースを割いているせいで、未来を上手く計算できないのだ。
しかも身体能力が増したことで行動の選択肢が広がり、演算も複雑になっている。
演算力の低下と、演算難易度の向上。
二つの要素により、《悪魔の四肢》と未来演算は併用できない。
とはいえ――生前なら出来ていたことだ。
つまり、まだ天宮天がこの肉体を操ることに慣れていないということだ。
(まあ……今出来ないことを気にしても仕方ないか)
扱える手札で勝利に至るしかないのだ。
「ここは夢の世界」
追撃するでもなくレディメアは悠然と立っている。
「この世界でなら私は――恐怖そのものになれる」
レディメアの体が変貌を続ける。
背中から大量の棘が伸びる。
両腕だけが膨張し、骨格さえ無視した形を成す。
体そのものは少女のままであることが不気味さに拍車をかけている。
「ほら。女の子が大好きなお星さまだよ」
再び空に光が瞬いた。
先程よりもさらに多い流星が天たちを狙う。
「この数――」
(躱し切れない……!)
牽制などではない、天たちを殲滅するための攻撃。
「《象牙色の悪魔》! 攻撃が来ない位置を――」
未来演算なしで安全地帯を割り出すことはできない。
身体強化を捨て、未来演算に集中しようとするが――
「必要ありませんわ」
天たちの前に立ったのはアンジェリカだった。
彼女は一切の恐怖さえなく立っている。
「わたくしの《不可思技》なら。あれを逸らせますわ」
アンジェリカはそう断言する。
――天は彼女の《不可思技》を見たことがない。
彼女はいつも徒手で戦う。
他のALICEが使うような超常現象を見せたことがない。
だからアンジェリカの目論見が上手く行くのかなど天には分からない。
しかし――
「分かった。任せるぜ」
しかし――命運を託して良いと思えるほどに彼女を信じている。
「任されましたわ」
アンジェリカは胸を張って笑う。
そして――
「――――《金色の御旗》」
アンジェリカが唱えても何も起こらない。
炎や氷が現れるわけではない。
不発か。そう思いかけた時――流星が曲がった。
たった一つの流星が軌道を変えた。
それが別の流星とぶつかり、影響はビリヤードのように波及する。
その結果、天たちの周囲だけに流星が落ちた。
不自然なほどに彼女たちの立ち位置だけが破壊から逃れている。
「《金色の御旗》は、黄金の未来への道標ですわ。わたくしが望む未来を引き寄せる、幸運の能力ですの」
すべては偶然。
《不可思技》の能力により必然となった偶然が天たちを守ったのだ。
「ちなみに、幸運の総量は変わらないので日常生活にシワ寄せが行きますわ」
「…………ドンマイ」
天にはそう言うことしかできなかった。
アンジェリカの不幸体質は《不可思技》のせいだったのか。
案外、彼女が生来の不幸体質であるがゆえにそんな能力に目覚めた可能性もあるのだけれど。
……ともあれ、彼女が《不可思技》を使いたがらない理由は分かった。
「それでは……次の手といきましょうか」
彩芽は懐に手を入れた。
そこから抜き出されたのは刀だ。
小太刀と呼ばれる刃渡りが比較的短い日本刀。
彼女がそれを振るうところを見たことはないが。
「美裂さん」
「おう」
短い言葉のやり取り。
それですべてを察したのか、美裂は爪先で地面を叩いた。
「《石色の鮫》」
美裂の《不可思技》により彩芽の足元が隆起する。
勢いよく伸びた石柱はカタパルトのように彩芽を撃ち出す。
弾丸となりレディメアに接近する彩芽。
だが――
「一直線だなんて分かりやすすぎだよ」
「がッ……!」
レディメアの巨大な両碗がハンマーのように振り下ろされる。
鉄槌は彩芽の背中を直撃し、彼女を地面に叩きつける。
骨が折れる音。筋肉が切れる音。
そんな嫌な音が――
「《黒色の血潮》」
――レディメアの体から鳴った。
「ィぎぃ……ッ!?」
レディメアが声にならない悲鳴を漏らす。
生天目彩芽が持つ《不可思技》――《黒色の血潮》の能力はダメージシフト。
他人の傷を自分に。自分の傷を他人に。
そんな能力を有効に活用するため、あえて彩芽はレディメアに狙われやすい場所へと突っ込んだのだ。
その結果としてレディメアは深手を負い、隙を晒した。
「傷を――」
だがここはレディメアのホームグラウンドである夢の世界。
彼女の傷は高速で癒えてゆく。
稼げたのは数秒。
「行けえぇ!」
だから、その数秒を活かし尽くす。
天はアンジェリカの手を取り、彼女を投げ飛ばした。
《悪魔の四肢》の出力を上げ、腕を痛めることをも許容する。
メシリと天の肘が軋む音と引き換えに、アンジェリカはレディメアの懐に潜り込んだ。
「《金色の御旗》!」
アンジェリカが腕を突き出す。
拳ではなく手刀。
打撃ではなく刺突を放った。
「心臓を二つお持ちだったんですのよね?」
アンジェリカの手刀がレディメアの腹を貫いた。
「運よく。二つ目に当たってしまったみたいですわ」
レディメアが血を吐く。
戦いは後半戦に突入します。
それでは次回は「不愉快ですわ」です。