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2章  9話 砕けた現実が夢となる

「ここが、夢の世界か……?」


 天は目を開けた。

 視界に飛び込んでくる天井。

 少しくすんだ白い天井に、豆電球が消えてしまった電灯。

 台所と一体化したリビング。

 扉は玄関とトイレに続くであろう二つのみ。

 印象としては、安さだけが売りのアパートといったところか。

「こんな夢がない夢の世界があるわけねぇか……寝よ」

「いつまで寝てるの……よッ」

「痛ぇぇ!?」

 寝転がった天の側頭部に足が振り下ろされた。

 固い床と靴裏に挟まれて頭が砕けそうになる。

「なにすんだよ瑠璃宮……!」

「むしろ、アンタがなにかしなさいよ」

 天を踏みつけたのは、先に目覚めていたらしい蓮華だった。

 蓮華は腕を組み、苛立たしげな表情を浮かべている。

 見てみると、他の面々はすでに起き上がっている。

 天は寝坊していたようだ。

「アンジェリカの夢っていうくらいだから、派手かと思ってたんだけどさ……もっとなんつーか……貧相だな」

 好奇心のままにタンスをあさっていた美裂がそう口にした。

「言ってやるなよ……思ったけど」

 正直、アンジェリカの印象には合わない。

 彼女の私室は様々なインテリアが置かれており、こだわられていた。

 対してこの部屋は掃除も行き届いていないし、家具だって安物にしか見えない。

「確かに貧相ね」

 蓮華も興味なさげにそう言い捨てた。

「……彩芽先輩。隠れた瑠璃宮の本音を翻訳してくれないか?」

 小声で天は彩芽に問う。

 言葉足らずな蓮華のことだ。

 あの言葉にも、実は隠れた意味が――

「……えっと。多分、今のは正直な感想だと……思います」

「やめてあげてぇ……!?」

 彩芽は目を逸らした。

 そして言いづらそうに――

「実際……貧相ですし」

「本当にやめてあげて!?」

 残念ながら、満場一致でこの部屋は不評らしい。



「一応、夢の世界だったんだな」

 最初の部屋を出た天たちを待っていたのはピンクの世界だった。

 綿飴のような桜色の雲。

 全体的にポップな景色はここが夢の中であると認識させる。

「……今度はRPGかぁ?」

 盛り上がる雲。それが作り上げたものを見上げ、美裂はそう笑った。

 彼女たちの前に立ちふさがったのは――

「なら、俺たちはお姫様を助ける勇者様か」

 ――ドラゴンだった。

 四足方向にもかかわらず、5メートル近い高さ。

 頭から尾までの全長は20メートルを軽く超えている。

「見た目からすると、中級くらいの力はありそうですね」

 彩芽はそうドラゴンを評した。

 下級と呼ぶには力強く、上級というほどの威圧感はない。

「それに、一匹じゃないみたいね」

 蓮華は空中を見上げながらそういった。

 そこには羽ばたきながらこちらを目指すドラゴンがいた。

「あっちはアタシがやるわ。美裂とそ……アンタは目の前のを倒しなさい」

「じゃ、さっさとやっちまうか」

「なんか俺にだけ当たりキツくね?」

 楽しげにドラゴンと対峙する美裂。

 文句を言いつつ、天も彼女と並び立つ。

 天は大剣を、美裂はチェーンソーをそれぞれに構えた。

 ドラゴンは障害物をなぎ倒しながら前進する。

 巨大な両翼も使うつもりがないらしい。

 あくまで巨体で轢き潰す魂胆のようだ。

「無駄だぜ。《石色の鮫(ストーン・シャーク)》」

 美裂の宣言と共に、地面から岩の鎗が伸びた。

 様々な方向からドラゴンを囲むようにして突きだす岩鎗。

 それによってドラゴンの動きが阻害される。

「らぁぁぁあ!」

 ドラゴンが動きを止め、無防備な姿をさらす。

 その隙を突き、天は高く飛びあがる。

 大剣を構え、彼女は腰をひねる。

 空中回転により発生する遠心力をも乗せて天は大剣を振り抜いた。

 万全の威力。狙った部位は首。

 完璧な一撃かと思われたが――

「浅いか……!?」

 大剣がドラゴンの首を滑る。

 傷は残っているが、明らかに浅い。

 すさまじい硬度を有している鱗が刃を弾いたのだ。

(どうにも、俺の一撃は重さが足りてないみたいだな)

 小柄な体躯もあって、天宮天の速力は優れている。

 しかし一方で、一撃一撃の威力が不足していることを感じさせる場面があるのも事実。

 攻撃寄りの能力を持つ敵とならば、持ち前の俊敏さもあって優位に戦える。

 だが今回のように防御寄りの能力を持った敵に対しては有効打が与えられない。

 ある意味でそれは、天宮天というALICEの弱点。

「しゃーねぇか。天! 選手交代だ!」

 美裂がそう叫ぶ。

 彼女が使う得物はチェーンソー。

 敵と解体するという目的において、大剣よりも適している。

 多少時間はかかるかもしれないが、天がやるよりも上手くドラゴンを討伐できるだろう。

 だが――

「いや……俺がやる」

 それでも天は退かない。

 無論、意固地になったわけではない。

(これを使うのは、この体になってから初めてだな)

「――《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》」

 天の瞳に幾何学模様が浮かび上がる。

 そして――


「――《悪魔の四肢》」


 天の手足に光脈が走った。

 まるで血管のように光が筋となり手足を包んでいる。

「……2割くらいで良いか」

 直後――天が消えた。

 否、消えたと錯覚するほどのスピードで駆けだしたのだ。

 《象牙色の悪魔》はあらゆる要素から未来を予測する。

 言い換えるのなら、脳を強化する《不可思技(ワンダー)》だ。

 だからこそ、脳の信号を強制的に操ることで限界以上の身体能力を引き出すという芸当も可能なのだ。

「はぁっ!」

 天は跳び、ドラゴンと交錯する。

 すれ違いざまの一撃によりドラゴンの首が裂け鮮血が散った。

 だが致命とはいえない。

 当然だ。

 あんな――撫でたくらいで倒せたのなら興冷めだ。

「終わりだぁ!」

 天はドラゴンの背に足を付き、急ブレーキをかける。

 急制動で停止すると、彼女は片足を軸にしてその場で体を回転させる。

 振るわれる横一閃。

 それは――軽々とドラゴンの首を断ち切った。

「どんなもんだッ……!」

 天はドラゴンの背を踏みつけ、大剣にこびりついた血を振り払った。


 何が恐ろしいかというと、生前の天は今よりも多分強かったという事実。

 すべての能力の精度が現在の天より格段に上という。素のスペック以外に弱点がない……。

 とはいえ元々の身体能力が高い分、最終的には現在の天のほうが強くなるのですが。

 

 それでは次回は『夢の底を目指して』です。



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