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2章  7話 伝染する眠り姫

「アンジェリカ……」

 天は少女の名前を呟いた。

 あれから、彼女たちは箱庭に戻ってきた。

 ――昏睡状態のアンジェリカを背負って。

 アンジェリカは自室のベッドで今も眠っている。

 今すぐに起きそうな様子で、今も眠り続けている。

(俺が迷っている間に、アンジェリカは迷わずに決めた)

 託したのだ。

 迷いなく、天たちを信じた。

 アンジェリカは生来の不運のせいで失態は多いが、頭は回るほうだ。

 リスクも理解しないまま決断したとは思えない。

 彼女だって、天と同じタイミングでリスクに思い至ったはずだ。

 つまり声を上げるまでの速さが、そのまま覚悟を固めるまでの時間の差。

「随分と、信頼されちまったな」

 無論、天だけではないだろう。

 アンジェリカが信じたのは、天を含めたALICE全員。

 その信頼は重く、嬉しくもある。


「お姉ちゃん……」


 部屋の扉が開いた。

 そこから現れたのはエプロンを身に着けた少女だった。

 少女――莉子は今、箱庭のスタッフの一人として働いている。

 彼女は《ファージ》に喰われ、この世界から忘れ去られてしまった。

 それゆえに彼女に帰る場所はなく、箱庭で引き取ることとなったのだ。

 ――彼女にALICE適性はない。

 だから彼女はALICEとして戦場には立てない。

 しかし彼女は《ファージ》の存在を認識しているという意味では貴重な人材だ。

 莉子はアイドルとしてのALICEも救世主としてのALICEも理解してくれている。

 スタッフの中でもその多数は《ファージ》について知らされておらず、あくまでアイドルとしてのALICEしか知らない。

 そのため同じALICE以外で、《ファージ》に関わる話ができる莉子は天にとって拠り所の一つとなりつつあった。

「クッキー焼いたよ」

 天を気遣ったのだろう。

 莉子が持ってきた小さな籠にはクッキーが入っていた。

「……さんきゅーな」

 天はクッキーを摘まむと、その端を噛んだ。

 ナッツ系の香ばしさが口内に広がる。

 さすがに彩芽並みとまでは言えないが、手作りのクッキーは美味しかった。

「お姉ちゃん」

「?」

「頑張ってね。そして、みんなで帰ってきてね」

 そう莉子は口にした。

 彼女の手は少し、震えていた。

 彼女は過去に家族を失った。

 そして今は、自分という存在を失っている。

 多くのものを失ってきた彼女だから、これ以上失わないようにと願うのだろう。

「おう」

 天は彼女の不安を払拭するように力強く言い切った。

「だから、安心して待っててくれ」

 そして、莉子の頭を撫でる。

 莉子の目には涙が浮かんでいた。

「……莉子?」

「ごめんね」

 突然の謝罪に天は戸惑う。

「全然、お姉ちゃんの役に立ててない」

 搾り出された莉子の言葉。

 それは、後ろめたさだった。

 彼女は《ファージ》を知っている。

 だからこそ、戦えない自分は『何もできていない』と認識してしまう。

 もっともそれは――錯覚だ。

「逆だよ。逆」

 天は莉子に顔を近づける。

 二人の額がこつんとぶつかった。


「莉子が救われてくれたから、俺は戦えるんだ」


「あの時、莉子を助けられた。そのことが俺は嬉しいんだ」

 天宮天が救世主として戦うことの始まりは女神からの依頼だ。

 しかし、そのまま何もなければ義務感のまま戦うことになっていたかもしれない。

 転生した時の――親子を事故から助けた時の気持ちを忘れてしまっていたかもしれない。

「その気持ちがあるから、俺は戦っていける」

 自分が助けた彼女が、今を生きている。

 未熟ゆえに、莉子の居場所を守ってあげられなかった。

 それでも莉子が笑ってくれている。

 そんな姿を見られることが、支えになる。

 もっと多くの人を助けたいという思いにつながる。

「だから笑っていてくれ。莉子が笑えるように俺も頑張るから」

 ――それが何より、俺を助けてくれる。

「~~~~~~~~~~~!」

 急に莉子が後ろを向いた。

 そして――笑顔で振り返る。

「それじゃあっ……デザートも作ってくるねっ」

 そう言って、彼女は走るようにして部屋を出た。

 ――彼女が背中を見せていた時、顔を拭っていたのを指摘するのは野暮だろう。

 涙ではなく笑顔を。

 それが莉子の答えなのだから。

「――女になったせいか、味の好みも変わったからなぁ」

 天は笑う。

 生前は、それほど甘味を好んではいなかったような気がする。

 だが今は定期的にスイーツを食べている。

 体が変化したことにより趣向も変わったのだろうか。

 ともかく――

「デザート楽しみにしているよ」

 そう天は呟いた。



「準備は良いかしら?」

 そう言ったのは蓮華だ。

 すでにALICEの全メンバーがアンジェリカの部屋に集合している。

 だからこれは最終確認だ。

「――問題ないみたいね」

 他のメンバーが頷いたことを確認すると、蓮華は腕を組む。

「今回はいつもと勝手が違うわ。地の利はないし、事前に分かっていることがほとんどない」

 分かっていることといえば、夢に寄生する《ファージ》であることくらい。

 直接対面した天でさえ、それ以上は分からない。

 夢の世界がどうなっているかも分からないため、戦術の組み立てようもない。

「今回は各々の判断に任せる場面も多いと思うわ。だから基本方針だけ伝えておくわね」


「あくまで《ファージ》討伐を最優先よ」


「アンジェリカはどうするんだよ」

 アンジェリカの身は二の次なのか。

 リーダーとして、《ファージ》討伐を優先する気持ちは分かる。

 だが、それを理解したうえで一言。

 そんな意図で口にした天の言葉に対し――

「放っておいたら死ぬような奴なんてアンタくらいよ」

 蓮華は青髪を手で払う。

「みんなを信じてる……だそうですよ」

 そんな彼女の言葉を補足したのは彩芽だ。

 どうやら『仲間の実力を信じているからこそ、あえて言及しなかった』ということらしい。

 言わずとも、誰も死なないと。

 生き延びるだけの力があると信じていると。

 蓮華はそう言っているのだ。

「…………最初からそう言えよ」

「言ってるわよ」

(絶対言ってなかっただろ)

「天……常識で考えるな、エスパーで感じてやれ」

 そう言って、美裂は天の肩を叩いた。

 蓮華の言葉足らずはいつものことだからこそ、美裂たちは慣れているのだろう。

「人の事を言葉足らずみたいに言わないでくれないかしら」

「事実ですよ?」

「…………」

 蓮華の抗議は、彩芽によって封殺されていた。


 次回からはアンジェリカの夢の中へと突入してゆきます。


 それでは次回は『夢への扉は楽園へと続くのか』です。



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