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2章  4話 眠り姫

「本当に申し訳ありませんでした……!」

 泣きそうな表情で女性が頭を下げる。

 自分を支えようとした結果、天たちは階段を転げ落ちることになったのだからある意味では仕方がないのかもしれない。

 とはいえALICEとして《ファージ》と戦っている天たちにとってこれくらいの衝撃などダメージにならないわけで。

 正直に言ってしまえば少し申し訳ない。

 もっとスムーズに助けられたのなら、負わせる必要のない罪悪感だったのだから。

「気になさらなくて構いませんわ。幸い、お互いに怪我はなかったわけですし」

「あの……お連れの方は鼻血が……」

 ――ちなみに、女性に一番心配されていたのは天だった。

 現在進行形で鼻にティッシュを詰めているのだから仕方がないのだけれど。

「それは、俺のツレが石頭だったせいなんで」

 天はジト目でアンジェリカを睨む。

 体感的には、コンクリートに顔面を打ちつけた方がマシなのではと思ったくらいだ。

「ったく、頭固すぎだろ」

「揺るぎなき信念の発露ですの」

「その信念が誰かを傷つけてしまったことを反省しやがれ」

 天は嘆息する。

(ともかく、結果オーライか)

 手傷は負ったが、女性は無事だ。

 それなら総合的には悪くない結果といえるだろう。

 ――かなり痛かったが。

「あの……お金なら私が払いますから。まずは病院に――」

「構いませんわ。きちんと後で医者に見せますので」

「病院まで私が送り――」

「ですので、本当に問題ありませんわ」

 ――箱庭には当然のように病院がある。

 ゆえに、ALICEはよほどのことがない限りそこ以外の病院に行くことは許されない。

 ALICEの肉体は、普通の人間ではないから。

 そういう意味では、女性に付き添われて病院に行くのはマズい。

 もちろん彼女の行動が、天たちの容態を心配しているからこその善意である事は分かっているのだが。

 今は平気そうに見えていても、実は――

 なんてこともありえるのだから。

 それを心配する女性の判断は常識的なものだ。

「そういえば、接着剤は持っていらして?」

「……はい?」

 唐突にアンジェリカが話題を変えたことで女性は戸惑う。

 だが彼女はむしろ畳みかけるように。

「先程折れたヒールの応急処置がしたいんですの。お持ちなら、接着剤をお借りしてもよろしくて?」

 と言いつつ、アンジェリカは話題を容態からハイヒールへと移した。

 きっとそれは、青ざめていた女性への気遣いなのだろう。

「接着剤なら家に――」

「そうですの。なら適当にそのあたりで買うのでよろし――」

「家は近いですから! せめてものお詫びに――」

「いえ、ですので――」

「せめてそれくらいは……!」


 ――結局、天たちは女性の家に引きずり込まれることとなった。



「あの……お二人はもしかして」

 女性がそう切り出したのは、天の鼻血が止まり、アンジェリカのヒールの修理が終わってからだった。

 少し前から妙にソワソワしていたのは気付いていたが、ついに切り出すことに決めたらしい。

「ひょっとしてALICEの……」

 躊躇いつつ彼女はそう口にした。

 ALICE。

 この場においてそれはアイドルユニットとしての名前だろう。

「あー。ああ。俺はALICEの天宮天……です」

「申し遅れましたわね。わたくしは、ALICEの天条アンジェリカですわ」

「ああ……! やっぱり……!」

 女性は驚き――頭を抱えた。

 その気持ちは分からなくもない。

 偶然とはいえ、自分を助けようとした人物が階段から落ちてしまった。

 しかもその人物というのが国民的アイドルだったら?

 怪我の程度によっては――いや、小さくともそれが顔の傷だったら?

 考えるだけで背筋が凍るだろう。

「よろしければ、サインも書きましてよ?」

「……え?」

 そんなアンジェリカの申し出に女性は呆けた顔を上げる。

 あのまま放っておけば、彼女の罪悪感が膨らんでゆく。

 それを察して、アンジェリカはそんな提案をしたのだろう。

「あの……」

「どうなさいましたの?」

 アンジェリカが問いかけると、女性はうつむきながらか細い声を出した。

「娘が……ALICEのファンなんです」

「あら。そうでしたの」

 ――せっかくですし、お名前は?

 そうアンジェリカは尋ねた。

「寧々と……言います」

「寧々さん……ですわね」

 アンジェリカは持ち歩いていたらしい色紙をバッグから取り出すと、慣れた様子でサインを綴る。

 ――寧々という名前付きで。

「そういえば、娘さんは何か部活をなさっていますの?」

 ふとアンジェリカはそう言った。

 この家には、天たちの気配しかない。

 時間はすでに夜といったほうが良い頃合い。

 もうそろそろ、家に帰ってきていても良いはずだ。

「いえ……娘は特に」

(ん……?)

 一瞬だけ、女性の顔が曇った気がした。

「いないんじゃ、直接渡すわけにもいかないか」

 天はアンジェリカから借りた色紙にサインを書きながら呟いた。

(我ながら……たどたどしいな)

 前世ではあいにくとサインなど書くような機会はなかった。

 だから当然なのだが、なかなか慣れないものだ。

 アンジェリカより時間をかけているのに、明らかに自分のサインのほうが下手だ。

(こりゃ……後々に『初期のサイン』とか言われてプレミアがつきそうだな……)

 アイドルが書き慣れていない頃の初々しいサイン。

 そんな理由でプレミアがついた日には、羞恥心で悶絶する羽目になりそうだ。

「いえ……できるのなら、娘に直接渡していただけたら娘も喜ぶかと……」

「? でも、娘さんってここにいないんじゃ――」

 天がそう言うと、女性はある部屋に目を向けた。

 そこからもやはり、人の気配は感じられなかった。

「娘は家にいます」

 ――ただ、


「――ただ、1年間……一度も目覚めていないだけで」


 アンジェリカ編は1章に比べると短くなりそうです。

 新キャラがあまり出ないため、その紹介に時間がかからないので。


 それでは次回は『眠る少女と起きて見る悪夢』です。




 

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