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2章  3話 その心、立ち入り禁止区域ゆえ

「わたくしも本人から聞いているわけではないので推測にすぎませんわ。ですが、みなさんの生前はおそらく……順風満帆とは言い難いものですの」

 人格とは、これまでの経験に由来する。

 それが重大であればあるほど、その影響は色濃い。

 だからこそ分かるのだろう。

 ALICEのメンバーが仮面の下に隠している、心の傷が。

「強い後悔。悲惨な最期。ふとした時に見える反応からすると、みなさんの生前の記憶は――心の傷と深くかかわっていますわ。だからこそ、生前について具体的な話題は避けておいたほうが無難ですわ」

 アンジェリカは金髪を払う。

「考えてみれば当然ですわ。国民的アイドルと呼ばれているのに――メンバーのほとんどに親戚の影さえ見えない。――普通の人生を送っていたのなら、ありえませんもの」

(……言われてみると、メンバーのほぼ全員が天涯孤独なんて普通なわけがないよな)

 ALICEのメンバーには親兄弟の影さえ見えない。

 一人や二人ならありえるだろう。

 だが、メンバーのほとんどが天涯孤独。それはありえるのか。

 あったとして、その人生が幸せなものだとは考えにくい。

「悪い。無神経な質問だったな」

「わたくしの話を聞いていまして? わたくし自身は、自分の人生に悔いなどなくてよ? いわばそう――太く短く、ですわ。だから謝る必要も、遠慮する必要もありませんの」

 そうアンジェリカは言い切った。

 本当に気にしていないように見える。

 だが、一歩間違えていれば相手を傷つけるリスクもあった。

 ……少なくとも、他のメンバーに振るべき話題ではなさそうだ。

「ちなみに……アンジェリカはなんで死んだんだ?」


「虫歯からウイルスが侵入して脳炎で死にましたわ」


「…………不幸体質は生前からなんだな」

「否定できませんわ……」



(アンジェリカは……いや、俺以外のALICEは転生者じゃない)


 彼女から話を聞いて、天はそう考えていた。

 ALICEというのは、死体そのものになんらかの処置をすることで生まれるらしい。

 だから、アンジェリカの体はALICEに覚醒する前後において大きな差はないという。

 ――天宮天とは話が違う。

(どんな理屈かは分からない。だけど俺は、本来――あの体に宿るはずだった魂と入れ替わってこの体を動かしている)

 元の人格がどうなったのか分からない。

 ただ、ALICEのルールからは外れた結果であるのは確実だ。

(――やったのは女神か?)

 天を転生させた女神が、なんらかの干渉をしたのかもしれない。

 この世界の存在ではない天が入るための器を用意するために。

 

「…………ん?」


「どうしましたの?」

 アンジェリカがそう尋ねてくる。

 どうやら声が漏れてしまっていたらしい。

「いや……あれだけどさ」

「?」

 天は視線である方向を示す。

 それは目の前にある歩道橋の階段。

 厳密にいえば、それを上っている女性だった。

「なんか妙にふらついてるなぁ……って」

 女性は三十代から四十代。

 仕事帰りなのか、制服のようなものを着ている。

 彼女は買い物袋を手にしているが、それほど重そうには見えない。

 だが事実として彼女の体は左右に揺れている。

 ――見ていて不安なほどに。

「仕方ねぇか。別に用事があるわけでもないし――」

 手伝おう。

 そう天が言いかけた時――女性が倒れた。

 それも――後ろに。

(やばい……!)

 すでに女性は階段のほとんどを上りきっている。

 あのまま落ちたら死の危険がある。

 女性を受け止めようと天が駆けだした時――風が吹き抜けた。

「アンジェリカ!」

 疾風の正体はアンジェリカ。

 彼女は天を越える瞬発力でスタートし、すぐさま女性の下へと駆けつけていた。

 アンジェリカの掌が女性の背中に添えられる。

「あ――」

「天さんがすぐに気づいてくださって、幸運でしたわ」

 そうアンジェリカは振り返ると、そう笑いかけてきた。

 その姿を見て天は安堵のため息を吐き出した。

 ――ポキリ。

 そんな音が聞こえたのは、その時だった。

 妙に嫌な予感がする音。

 正体は――

「……あら?」

 アンジェリカのハイヒールのヒール部分が折れる音だった。

 天を置き去りにするほどのスピード――踏み込みの威力に耐えきれなかったのだろう。

 しかし問題はそこではない。

「な――」

 ヒールが折れたことでアンジェリカがバランスを崩す。

(このタイミングかよ――!)

 今日な控えめだった彼女の不幸体質がここで発動するとは最悪だ。

「ッ!」

 アンジェリカなりの最後の抵抗だったのだろう。

彼女は手首の力だけで女性を押し返す。

 おかげで女性はその場で踏みとどまることができた。

 一方、その代償としてアンジェリカの体勢はもはや取り返しのつかないほどに傾いていて――

(これは――まずい)

 天は未来を察する。

 倒れ、階段を落ちるであろうアンジェリカ。

 その先にいたのは――天自身だ。


(これ……めちゃくちゃ痛いやつだ)


「「痛いッ!?」」


 天の顔面とアンジェリカの後頭部が勢いよく衝突する。

「は、鼻がぁ……! ってか頭固ぇな……!?」

「び、びっくりしましたわ……」

 無論、階段から落ちたくらいでALICEは死なない。

 だが、痛いものは痛いのだ。


 実は、アンジェリカってまだ《不可思技》を見せていないんですよね。

 今のところ自動販売機に使用できることしか明かされていないという。


 それでは次回は『眠り姫』です。



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