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2章  2話 ALICEの前の話

「最近話題になっているだけあって、良いお店でしたわね」

「だな」

 ケーキバイキングを終え、二人は腹ごなしに外を歩いていた。

 時間帯は昼過ぎ。

 今が6月である事を考えると、次に箱庭の外へと出る頃には汗ばむくらいの暑さになっているのだろうか。

「それにしても、本当にアンジェリカはすごかったな……。結局何個食ったんだ?」

 体感としては、天の倍近く食べていた気がする。

「……よく覚えていませんわね。つい、羽目を外してしまいましたわ」

 アンジェリカはそう苦笑する。

「……体重計が怖くなるな」

 そう言ってから、天は背筋に冷たいものを感じた。

(いや待て――)


(なんで俺は毎日体重計に乗ってるんだ……!?)


 最近、風呂に入る前に体重計に乗るという習慣が身につきつつある。

 だが思うのだ。

 これは――わりと少女的な習慣ではないだろうか、と。

 少なくとも、前世で体重計に乗ることなど年に数回しかなかった。

(毎日体重を計って、コンマ一キロに一喜一憂……。これはマズい傾向じゃないのか……?)

 まさかと思うが、女子としての自意識が芽生えかけているのではないか。

 ――震えた。

「……どうしましたの?」

 天の仕草が不審だったからだろう。

 アンジェリカが心配そうに尋ねてくる。

「いや……最近の俺は体重に心を乱されすぎている気がしただけだ」

「そんなの、女性として当然ですわ」

「お、おう……」

(だから問題だとは言えないな……)

 前世が男であるなど言えるわけがない。

「ですが、アイドルとしての自覚があるからこそ以前よりも過敏になっていることも否定できませんわね」


「わたくしも()()は、ここまでストイックではありませんでしたし」


「…………は?」

 天は固まった。

 アンジェリカの言葉の中に看過できないものがあった。

(生前……?)

 間違いなく彼女はそう言った。

(生前ってことは――)

 天宮天がALICEになってからは忙しい日々が続いていた。

 デビューライブのためにレッスンに没頭し、上級ファージとの戦いも経験した。

 ノンストップで課題が山積してゆく日々の中で、天は知ろうとしなかった。

 ALICEがどういう存在であるかということに、興味を持たないようにしていた。

 ALICEが普通の存在でないことは確実。

 下手に知ろうとしたのなら、知りたくないことを掘り当ててしまうのではないかと本能的に探ることを避けていた。

(生前という言葉が出るということは――)

「すまんアンジェリカ……」

「はい? 神妙な顔をしてどうなさいましたの?」

 わずかにたじろぐアンジェリカ。

 だが、それに構わず天は彼女に顔を近づけた。

 そして問う。

「アンジェリカにも……生前の記憶があるのか?」

 これまで避けていた質問。

 ――もしも自分以外のALICEに生前の記憶がなかった場合、自分が異物である事を確信してしまうから避けていた質問だ。

「それは……ありますけど。……天さんもではなくて?」

「いや……そうだけど」

 あっさりと認められた生前の記憶の存在。

 思わず天は脱力した。

「……そうですわね。わたくしたちがどんな人生を送ってきたか分からない以上、無粋に尋ねることは難しいでしょうし。天さんが、これまで気付かなかったのも仕方がないのかもしれませんわね」

 記憶にある限り、ALICEのメンバーが生前に言及したことはない。

 アンジェリカの言う通りだろう。

 生前が幸せなものだったとは限らない。

 であれば、本人が話さない限り聞かないのはマナーといえるだろう。

 だから誰も天に聞かなかったし、天の前で生前の話をしなかった。

 結果として、天はALICEの秘密の一端にこれまで触れることがなかった。

「天さんの予想通りですわ」


「ALICEは、自分の死体を元にして作られているのですわ」


「………………ん?」

「ええ。分かりますわ。ALICE内でも生前の話を聞かないことが暗黙の了解となっていますもの」

「おう……」

(やっぱりおかしい)

 天は疑問を持った。

 当然だ。

 天宮天の死体なんて存在するわけがないのだから。

 少なくとも、天宮天の死体を使ってALICEを作ったのなら、そこに入るべき人格は本来の体に宿っていた少女のものでなければならない。

 別世界から転生した自分の魂であって良いはずがない。

(アンジェリカの口ぶりからして、アンジェリカは天条アンジェリカとして生きて――死んだ。そしてALICEになったという経緯でここにいる)

 つまり、生前と現在で肉体が変化している天は例外ということだ。

(いや。結論を下すには早計か……? アンジェリカは『自分の死体を元にした』と言っただけで『生前の肉体のまま』とは言っていない)

 天の早とちりで、アンジェリカも生前と現在では別人に近い姿であったという可能性もある。

「アンジェリカは生きてる頃は、どんな感じだったんだ? やっぱり、金髪ドリルの呪いはあの頃からだったのか?」

 少し茶化すように天は尋ねた。

 きっとアンジェリカなら「人のトレードマークを呪い扱いですの!?」などと言いながら答えるのだろう。

 その返答で、生前の彼女についての情報が分かる。

 まったく違う肉体であったのなら金髪ドリルについて否定するはず。

 この問いは試金石。

 彼女の反応から、ALICEに関する情報を引き出す。

 天宮天が異物であるか否か。それを確かめる。

「天さん……」

 そんな彼女の思惑に反し、アンジェリカの表情は真剣だった。

 笑うでもなく、怒るでもない。

 真剣に、彼女は語りかけてきた。

「そもそも生前の話を出したのはわたくしですし。わたくしは生前の人生に満足していますわ。だから、わたくしに対してその質問をすることはまったく問題ありませんわ」


「でもその質問は、他のメンバーに対しては絶対してはいけないものであることは覚えておいてください」


 ――他のALICEの過去には……深い傷があるのですから


2章からはヒロインたちの過去に関わってゆくストーリーとなります。


それでは次回は「その心、立ち入り禁止区域ゆえ」です。

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