2章 1話 箱庭の外で二人withアンジェリカ
「なあアンジェリカ。その金髪ドリル千切って良いか?」
「なんでですの!?」
アンジェリカが悲鳴をあげた。
今、天とアンジェリカは箱庭の外に出ている。
次のライブまで少し日程が空いているため、外出許可が出やすくなっているのだ。
そうでもなければ、二人が同時に外出するなど難しかっただろう。
「いや……前に来たときより目立つなぁって思ってさ」
現在二人が歩いているのは大通りだ。
それなりに人が多く、人の波に紛れてしまいそうだ。
――にもかかわらず視線を感じる。
声をかけてくるわけではない。
だが、何度もこちらを盗み見ている。
「こりゃぁバレてるよな……」
天は嘆息する。
見られている原因はおそらく、彼女たちがALICEだと気付いたからだろう。
「わたくしの髪型のせいでバレていると考えていらっしゃるのなら勘違いですわ。天さんも今やALICEの新メンバーとして認識されていますもの。町を歩いていれば、貴女を知っている方に出会うなど珍しくは――」
「いや。金髪ロールを投げ捨てながら逃げたら良い感じに撒けるかと思っただけだけど」
「わたくしのトレードマークを囮にするのはやめてくださる!?」
「トカゲの尻尾切り大作戦はダメか……」
「しかもトカゲ扱いですの……!?」
☆
「……結構食うんだな」
「?」
二人が訪れたのは予定通りにケーキバイキングを行っている店だ。
最初は多彩なケーキを選んでは楽しんでいた。
しかし小柄な少女へと転生したせいか、天の胃袋は想像よりも小さくなっている。
喋りながら食べていたはずなのに、タイムアップよりも早く胃袋が限界を迎えてしまった。
一方でアンジェリカはまだまだ余裕なようで食べ始めてから一向にペースが落ちない。
「そうですわね。わたくしたちの仕事は体が資本ですもの。たくさん食べて、その分動くというのが基本ですわ」
「なるほどな……」
ALICEの仕事。
アイドルとしても、救世主としても体力が必要である事は変わらない。
だからこそ過度な食事制限は御法度なのだろう。
「それに、今日が最後の甘味ですもの」
「最後?」
「8月にはライブがありますもの。今日でスイーツは封印ですわ」
「ああ……」
8月。
彼女の言う通り、8月の下旬には大きなライブの予定がある。
「サマーライブ……だったっけ。どんな感じなんだ?」
今のところ天が経験したのはデビューライブのみ。
一曲しか歌っていないため、最初から最後まで通すライブの過酷さを本当の意味で理解できていないのだ。
「どんな感じ……といわれましても。実は、わたくしも初めてなので答えかねますわね」
「? そうなのか?」
「ええ。確か、まだ去年の8月頃のALICEは……蓮華さんと彩芽さんだけだったと思いますわ」
天にとってアンジェリカたちは『先輩』という言葉で一括りにされている。
しかし考えてみれば、彼女たちが同時期にALICEとなったとは限らないのであった。
「アンジェリカがALICEになったのはいつ頃なんだ……?」
「去年の秋頃ですわね。だから天さんより半年だけ先輩ということになりますわ」
「そうだったのか……」
天の目から見て、彼女の踊りや歌は様になっていたため少し意外だった。
天宮天がALICEになったのは4月。
自分がこれから半年後を迎えた時、あの時の彼女と同じレベルでパフォーマンスができるのか。
そう考えれば、アンジェリカがこれまでどれほどストイックに努力してきたのかが分かる。
「じゃあ他のメンバーはいつ頃ALICEになったんだ?」
「確か……蓮華さんは3年前の今頃。彩芽さんはALICEのデビューとほぼ同時期だったと思いますし……一昨年の春ですわね。そこからしばらく期間を空けて加入したのがわたくし。美裂さんはわたくしから一カ月遅れだったと記憶していますわ」
アンジェリカは指を折りながらそう答えた。
「確かになんとなく分かるな。瑠璃宮と彩芽先輩ってアンジェリカたちと比べてもかなり慣れてる感じがするし」
アイドルとしても戦士としても。
あの二人は他のメンバーと一線を隔しているように思える。
二人きりで活動していた期間が長いと思えば納得がいく。
「今でこそ彩芽さんが前線で戦うこともほとんどなくなりましたが、以前はガンガン《ファージ》を屠っていたとか――」
「あの人、自称非戦闘員だったような気が……」
「ヒーラー100レベル、バーサーカー90レベル。みたいな話ですわ」
「……あえて戦闘職の中でバーサーカーを採用した理由は聞いて良いのか?」
「わたくしを殺す気ですの!?」
「なら最初から言わないと良かったよな!?」
とんでもない闇を見た気がする。
おそらく、触れないほうが賢い話題だろう。
天は聞かなかったことにした。
この世界には、知らないほうが良いこともあるのだから。
余談ですが、アンジェリカはALICEの中でもっとも高身長です。
下から順にいくと、
蓮華――144
天 ――148
美裂――156
彩芽――163
アンジェリカ――172
といった感じで、天とは頭一つ分くらいの身長差です。ちなみに、一番食べるのもアンジェリカです。
それでは次回は『ALICEの前の話』です。