1章 エピローグ2 戦いの結末
「ちっ……死にかけじゃねぇか」
少女――グルーミリィはそうこぼした。
現在、彼女は夜道を這いずっていた。
蓮華という少女との戦いにより、彼女はすでに満身創痍。
雷撃に焼かれ、高速移動から放たれた打撃によって内臓までボロボロだ。
それでもなんとか、呼びだした怪物の口に隠れることで逃げおおせた。
相応の対価は払う羽目になったが。
「腕一本か……命を買ったにしてはマシなほうか……」
グルーミリィの左腕は焼け落ちていた。
腕は、死を偽装するために捨ててきたのだ。
彼女の焦げた腕。崩れるように消滅するグルーミリィが召喚した肉塊。
それらの布石により、なんとか死を演出できたわけだ。
少なくとも、放っておいても死ぬと判断された。
だから蓮華も下級共の討伐に移行したのだろう。
上級とはいえ死にかけた一人より、散り散りに動く100体の下級のほうが人間に対して与える被害は甚大だから。
これらの要素が重なり、なんとか生き延びたというのが現状だ。
「……とはいえ、このまま何も食わないんじゃ死んじまうな」
肉体の補充のため、せめて一人くらいは喰っておきたい。
そうしなければ、逃げ切っても死は免れない。
グルーミリィがいるのは人通りの少ない道。
消えかけた街灯が明滅している。
夜ということもあり、一人も人間の姿が見えない。
逃げるために選んだ道だが、捕食対象を探すには向かない。
「誰か来るまで待つか……? それとも、こっちから行くか……?」
体力温存のために待つか。
積極的に獲物を見つけるか。
しばし思案する。
だが結論から言うと、その思考は無駄になった。
――最高の形で。
「やっぱ、飯への感謝は忘れるべきじゃねぇよな」
グルーミリィは笑う。
ちょうど今、彼女の目が人間を捉えたのだ。
「女か――痛めた胃袋には悪くないな」
グルーミリィは両脚で立つ。
出血は酷いが、すぐに補充できる。
グルーミリィは少女と対峙する。
「あらあら」
少女が立ち止まる。
夜空のように美しい黒髪。
血のように赤い瞳。
透きとおる白い肌。
どこを切り抜いても美しい少女。
なにより、妖しい魅力を纏う少女だった。
見ただけで分かる。
目の前にいるのが、最高級の獲物であると。
「お怪我をなさっているんですか?」
少女は小首をかしげて尋ねてくる。
彼女の視線はグルーミリィの足元に向いている。
そこには赤い水たまりが広がっていた。
そんな惨状を見てなお、少女は揺らがなかった。
底知れない。
ある意味で、少し前に対峙していた少女たちよりも気圧される。
だが――食欲が勝った。
「ああ。怪我してるから――血肉になってもらうぜッ!」
全霊でグルーミリィは地を蹴った。
強靭な脚力により道路が弾ける。
ほんの数メートルの距離など一瞬で消える。
「痛くないように、一口で食ってやるよ」
グルーミリィの口から化物が顔を出す。
化物は大口を開き、少女を呑み込まんと襲いかかる。
そんな中、少女は――
「《無色の運命》」
コイントスをした。
回転し表裏を繰り返すコイン。
それは少女の手の甲に乗る。
「――表、ですね」
「がッ!?」
グルーミリィの視界が赤く染まった。
痛みさえ感じない。
ただ、全身を切り刻まれたという事実を他人事のような気持ちで理解する。
口の化物は消えた。
そのまま彼女は道路に転がった。
「最期で……ついてねぇな」
グルーミリィは自嘲する。
仰向けに倒れた彼女が最後に目にしたのは、自分を殺すであろう少女の姿となった。
食らうつもりが食らわれた。
そんな弱肉強食のお話だ。
「さようなら。役目を終えたお人形さん」
黒髪の少女――月読は微笑んだ。
今後に向けたエピソードでした。
月読の正体はいずれ。
それでは次回は「記憶の欠片・瑠璃宮蓮華」です。
毎章、最後にキャラの過去エピソードに触れていく予定です。
1章のメインは天ですが、彼女の生前は特に語ることがないので、蓮華の設定を先出しです。