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1章 エピローグ1 デッド・オア・ファーストライブ

「やべ……! 時間大丈夫か……!?」

 天たちは走りながら控室に飛び込んだ。

 思ったよりも町中に散らばった《ファージ》の掃討に手間取った。

 アンジェリカ、美裂、彩芽の奮闘により一般人への被害は食い止められた。

 しかし、あのあと天と蓮華が加わっても、《ファージ》を倒しきるまでにはそれなりの時間を要したのだ。

 《ファージ》を倒し、討ち漏らしがないかを確かめる。

 それが終わるころには、ライブの開催時間が近づいていた。

「あと1時間――ってどうなんだ!?」

「準備してたら余裕ですっ飛ぶ!」

 天の問いに答えたのは美裂だった。

 戦いの中で天たちの姿は乱れている。

 髪も跳ね、砂煙のせいで汚れがついている。

 とてもステージに出られる格好ではない。

 シャワーから準備を始めるのでは、確かに1時間などあってないようなものだ。

 天宮天の初ライブは、そんな慌ただしい中で始まった。



「お姉ちゃん。頑張って」

 ステージ裏。

 そこで天をそう元気づけたのは莉子だった。

 彼女は微笑み、天の手を握る。

 ――莉子は一度、《ファージ》に喰らわれた。

 《ファージ》に喰らわれた人間は、誰の記憶にも残らない。

 莉子は生きているが、《ファージ》に捕食されているのも事実。

 彼女についての記憶は、もうこの世界に残っていないらしい。

 記憶にも、記録にも残っていない。

 だから彼女を元いた施設に帰すことはできない。

 そうした事情もあって――彼女を箱庭のスタッフとして雇うことになった。

 今の莉子は、ALICEの身の回りの世話をするスタッフの一人だ。

 客席に招くつもりが、ステージ裏に引き込むことになってしまうとは想定外だった。

 ――本人が喜んでくれていることがせめてもの救いだろう。

「もうすぐ出番だな」

 天は気を引き締める。

 あと一曲で天の出番だ。

 最後の一曲。そして新メンバーの紹介。

 責任重大だ。

 すでに客席はヒートアップしている。

 この流れに身を投じなければならないのだ。

 レッスンを積み上げてきたという自負はある。

 だが、そんな自信さえもこの場が持つ空気に比べれば脆い。

 手に汗を握り、天はステージを凝視する。

 そして――曲が終わった。

 次に流れるのは――天宮天のデビュー曲だ。



「――――――――――!」

 そこには人の海が広がっていた。

 リーダーである蓮華の紹介によって天がステージへ上がると同時に、観客たちは大歓声を上げた。

 歓声の荒波に押されそうになる。

 それでも天はマイクを強く握り、踏みとどまる。

 少し足が震えた。

(正直、戦ってる時より緊張してるな)

 喉が鳴る。

 一度だけ大きく息を吐いた。

「天宮天だ。よろしくなっ!」

 天の声が響き渡る。

 彼女が腕を上げれば、観客が沸いた。

 案外――悪くない。

 一カ月前。

 天宮天は死に、転生した。

 少年が、少女になった。

 そして、今はアイドルとしてここに立っている。

 元男としてアイドルになんてなりたくないと思っていた。

 しかし、いざここに立ってしまうとそんな気持ちは吹き飛んだ。

 緊張して、そんなことを思う余裕がないというのもある。

 それ以上に、天宮天はアイドルという仕事に魅力を感じ始めていた。


 ――曲が始まる。



『もう一つの誕生日はね? 君を見たあの日なんだよ

 生まれ変わったみたいに世界が違って見えたんだよ。

 生まれてきた意味はね? 君には言えないんだよ。

 言えるなら、こんなに胸が痛いわけないんだから。

 アタシがもっと大人だったら、もっと上手に伝えられるかな?

 でも上手な言葉じゃ、何か違うの。

 上手に伝えたら、ちゃんと伝わらない気がするの。

 この震えた声がアタシの心だから』


 天を含めたALICEの全員が歌い上げる。

 そこに戦闘の疲労は感じられない。

 感じさせるわけにいかない。

 彼女たちはアイドルなのだから。

(ぁ――)

 天の視線が一点に止まった。

 それは空席だった。

 客席に存在する空白だった。

 ALICEのライブチケットはかなり早い段階で完売している。

 なのに存在する空席。

 単純に予定があって来ることができなかったのなら良い。

 だが――

(そっか――)

 原因はすでに分かっていた。

 グルーミリィの襲撃により()()()()()()()()()()()()()()()()()

 天が彼女と会った時点で、彼女は何人もの人を食らっていたのだ。

 あの席に座るはずだったファン。

 亡くなったのか、怪我をしたのか、誰かに付き添っているのか。

 それを知る術はない。


(あそこにいたはずの人は、俺が救えなかった人なんだ)


 天は心に刻み込む。

 そして、理解した。

(そうか……だからALICEはアイドルをするのか)

 辛いレッスンをしてまで、アイドルをしている理由。

 それは単純なものだ。

 そして、戦い続ける中で絶対に忘れてはいけない想い。


(刻み込め。すべてを守れたわけではないという現実を)


 確かに今日、天宮天は勝利した。

 だが勝ちに酔うことは赦されない。


(誓うんだ。ここにいるファンと、またこのステージで再会すると)


 さらなる精進を魂に誓う。

 もっと強くなり、守り抜くと。

 そして、自分も生き延びて見せる。

 そんな決意を再確認するため、ALICEは歌うのだ。

 守るべき人々の顔を目に焼き付けるのだ。

 この日、天宮天は自分が背負うものの大きさを正確に認識した。

(この世界は、絶対に俺が守る)

 女神との約束はもはや関係がない。

 天宮天自身が、そう思った。


「みんなぁッ! また来てくれよなッ!」


 みんなの無事な姿を、また見たいから。


 ファーストライブは少し苦い想いとともに。

 そして、セカンドライブを完全無欠の成功にしてみせるという決意の回です。


 ちなみに今の時点で予定しているライブが8月の『サマーライブ』、12月の『年末ライブ』、そして3月の『結成3周年記念ライブ』となっています。

 ……つまり、最低でもあと3曲分の歌詞を考えねばならないというわけで。


 それでは次回は『戦いの結末』です。




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