1章 25話 ALICEの戦い
(まだ、莉子は死んでない)
天は《象牙色の悪魔》でグルーミリィを解析する。
あらゆる情報を解き明かしてゆく。
そして見つけた。
(こいつの能力は――食った人間をそのまま取り込むこと)
《象牙色の悪魔》はそう結論付けた。
天が見落としていたであろう要素さえ拾い上げ、真実に限りなく近い推測を出した。
悪魔に偽りは通じない。
偽証も、謀りも悪魔の十八番なのだから。
悪魔は言っている。
莉子はグルーミリィに取り込まれているだけだ。
立ち回り次第では、莉子だけを切り離すことも可能だと。
それを天は――信じる。
突拍子もない情報。
だが、この悪魔とは一生以上の付き合いなのだ。
いまさら疑うつもりはない。
「……どうすっかな」
とはいえ問題がないわけではない。
当然のことだが、ただグルーミリィを倒すよりも、莉子を無事に保護するほうが難しい。
手加減しつつ彼女を打倒する必要があるのだから。
「そこまでよ」
声が聞こえた。
声の方向は上――建物の屋上だ。
そこにいたのは――4人の少女だった。
「よく持ちこたえましたわね」
そう言ったのは金髪の少女――天条アンジェリカだ。
彼女だけではない。
太刀川美裂。生天目彩芽。瑠璃宮蓮華。
ALICEの面々がそこにいた。
彼女たちは建物の上からグルーミリィを囲んでいる。
「人型――上級ね」
蓮華は表情一つ変えることなくそう判断を下した。
髪を払いながらグルーミリィを睨む姿に恐怖は見えない。
「わたくし、上級の《ファージ》と戦うのは初めてですわ」
「あー。アタシもだな」
アンジェリカは堂々と、美裂は頭を掻きながらそう言った。
彼女たちはALICEの中では比較的新しいメンバーだという。
だからこそ、上級と一戦を交えた経験がないのだろう。
「上級の強さは他の《ファージ》とレベルが違いますから……気を付けてくださいね」
一方で、二人目のALICEである彩芽は交戦経験があるようで、アンジェリカたちに注意を促していた。
(これなら……行けるか?)
5人のALICEがこの場に揃った。
――本当の戦いはここからだ。
☆
「1対5か。これはさすがにキツいかもな」
グルーミリィはそうつぶやいた。
確かに彼女は強い。
だが、5人で戦えば勝つのは天たちが有利だろう。
(だけど《象牙色の悪魔》の読みが正しければ――)
それでも天は気を緩めない。
ある一つの可能性に気がついているから。
(――こいつは能力を隠してる)
「――マジでやるか」
グルーミリィの表情が変わる。
重くなる空気。
その正体は殺気だ。
彼女が放つ威圧感が、天に錯覚を与えているのだ。
「喰らった屍の上で、オレたちは生きている」
グルーミリィの体が――膨張した。
肉塊が膨らみ、彼女の体が持ち上げってゆく。
彼女の下半身を肉塊に沈ませている。
「……悪趣味ですわね」
すでに建物よりも巨大になりつつあるグルーミリィをアンジェリカは見上げている。
今のグルーミリィの姿は不気味の一言だ。
肥大化した肉塊からは、たくさんの上半身が生えている。
あれは――彼女がこれまで食らった人間だ。
グルーミリィの体に取り込まれた人間が一時的に顕現しているのだ。
その姿はグロテスクで吐き気を催しそうになる。
(どこだ――!)
だが天は視線を走らせる。
見つけ出すために。
(あそこか――!)
肉塊に埋め込まれた――莉子の姿を。
(今ならまだ、莉子を引き離せるはずだ)
残念ながら、他の人間を助けることは難しいだろう。
だがまだ食われて数分と経っていない莉子に限っては話が違う。
彼女はまだ肉塊と完全に同化していない。
だから、まだ助けられる。
そこまでが悪魔の下した結論だ。
「しょ……っと」
グルーミリィは下半身を肉塊から引き抜く。
それでも肉塊は脈動を続けていた。
「そっちが数なら。こっちは、その上を行く数だ」
グルーミリィは笑う。
同時に、肉塊が口を開けた。
山のような大きさの肉塊を横断する巨大な口。
あれならば一口でビルを呑み込めるだろう。
だがあれは食らうために開いた口ではない。
――吐き出すための口だ。
「……100はいるんじゃねぇか?」
美裂はため息をついた。
肉塊が吐き出したのは――大量の《ファージ》だ。
それこそ美裂が言う通り、その数は100を越えている。
5対1が、5対100へと入れ替わる。
「周囲の反応を見る限り、あの肉塊は中級の《ファージ》に分類されているみたいですね」
彩芽は人々の悲鳴が聞こえていないことからそう推測している。
もしもあの肉塊が人間に見えているのなら、今ごろ町中がパニックに陥っているはずだ。
ビルより巨大な化物が目につかないわけがないのだから。
しかしそんな様子がない。
つまりここにいる人たちには、肉塊が見えていないのだ。
上級であるグルーミリィ自身はともかく、彼女の武器の一つに過ぎない肉塊は普通の《ファージ》の基準におさまっているらしい。
「それじゃあ、天宮。アンタは他のメンバーと一緒に下級を殲滅しなさい。中級は上級を討てば消えるはずだから、アタシが――」
「悪い」
手早く指示を飛ばす蓮華。
天は彼女の言葉を遮った。
「あのデカいのは……俺にやらせてくれ」
「却下よ。アンタにはどうにもできない。できたとしても、この瞬間にも拡散し始めている下級を殲滅するほうが先決――」
「分かってる……!」
そう、分かっている。
蓮華の言葉のほうが正しい。
下級を放っておけば、多くの人が死ぬ。
それなら目先の危機である下級を最初に処理するのが正しい。
その間に、リーダーである蓮華がグルーミリィの相手をすることも。
グルーミリィの一部であり、彼女が死ねば消えるであろう肉塊を無理して倒す必要がないことも。
天の行動が、天のワガママに過ぎないことは理解している。
「頼む……あそこから……助けたい奴が……今なら助けられる奴がいるんだ」
そう懇願する。
莉子の命を諦めたくない。
その一心で。
そんな天の不合理な意見を蓮華は――
「彩芽。アンジェリカ。美裂。3人で下級を一掃して」
――受け入れた。
「それなら、私も前衛に参加したほうが良さそうですね」
「わたくしがいれば100人力ですわ。天さんが来る必要はなくてよ」
「ったく、しゃーねぇ後輩だな」
天のワガママのせいで負担が増えたはずの三人は、苦笑しつつも天を責めることはない。
4対100と3対100では、どれほど一人にかかる負担が違うかなど明白なのに。
「やりたいことがあるなら、さっさとしなさい」
蓮華はそう言った。
そんな彼女の背後に――グルーミリィが現れた。
建物の裏から近づき、蓮華の背後を取ったのだ。
彼女の掌では口が開き、蓮華を食い千切ろうとしている。
「瑠璃宮!」
最初に気付いた天が警告する。
だが蓮華は動かない。
ただ――
「――――《紫色の姫君》」
蓮華は雷となった。
走る紫電。
それはグルーミリィの背後へと一線を描く。
「遅いのよ」
「がッ!?」
紫電は蓮華へと姿を戻す。
そして、勢いよく彼女のドロップキックがグルーミリィの頬に刺さった。
蹴られたグルーミリィの体は耐えきれずに吹っ飛ぶ。
小柄な彼女は弾丸となりビルを貫くと、そのままアスファルトの道路にめり込んだ。
「早くしないと。戦いが終わるわよ」
「瑠璃宮……」
圧倒的な強さだった。
天が苦戦していた相手を、軽く吹っ飛ばした。
蓮華が一人で上級を相手取ると言った意味を理解する。
自信があるのだ。
一人でグルーミリィを殺すことができる、と。
「……ありがとな」
「礼を言う暇があるなら、結果を出しなさいよ」
「……素直じゃない奴」
天は小さく笑う。
なんとなくだが伝わってきた。
(当然……だよな)
そう。当然の話だったのだ。
(命がけで人を助けるような奴が――優しくないわけがないよな)
今なら助けられる奴がいる。
きっと、その言葉が蓮華を動かした。
助かるかもしれない人がいるから、天のワガママを許容した。
どうにも対応に棘のある彼女だが、彼女も人々を救いたいと思っているのだ。
だから、天に任せてくれた。
そんな彼女に天ができることは――
「待ってろよ莉子……!」
――そのかけがえない命を、取り戻して帰ってくることだ。
グルーミリィとの戦いは次で終わる予定です。
それでは次回は『声が届かないなら歌で響け』です。