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1章 23話 グルーミリィ

「ったくよー」

 そこにいたのは少女だった。

 彼女が歩くたびに金髪が肩をくすぐる。

 少女はパーカーを緩く着こなして町を歩いていた。

 ショートパンツから覗く脚は折れそうなほどに細い。

 客観的に考えると、彼女の容姿は10歳程度に見える。

「なんか腹減ってきたぜ」

 そう言いつつも、少女はすでにチョコバーを咥えている。

 それを噛み砕くと、ナッツの欠片が少し飛んだ。

「これじゃ口慰みにしかならねぇな」

 少女は喉を鳴らしてチョコを呑み込むと、指先を舐めた。

 彼女の周りには多くの人がいる。

 だが、人波は彼女のことなど気にしない。

「じゃあ、そろそろ狩るか」

 軽食にすらならない食事を終え、少女は息を吐く。

 そして――すれ違う男性と肩をぶつけた。

「?」

 わずかによろめいた男性が周囲を見回す。

 しかし身長差のせいか、彼の瞳は少女を捉えない。

 ただ男性は不思議そうに首を傾げているだけだ。

「おいおい。幼女にぶつかっといてシカトはねぇだろ」

 少女は笑うでも怒るでもなくそう言った。

 男性は反応しない。

 そんな彼の顔に――少女は唾を吐く。

 侮辱的な行為。

 本来なら、それ以上でもそれ以下でもない行動。


 もしも、吐かれた唾が音速を越えていなければ。


「がッ!?」

 唾の弾丸が男性の口内に侵入し、後頭部を突き抜けた。


「幼女の唾は美味ぇかよ。変態野郎」


 頭を貫かれた男性がその場で膝をつく。

 男性の顔を呆けていて、事態を全く理解していない。

 そしてそれは周囲の人間もだ。

「きゃぁぁぁ!」「誰か倒れたぞ!?」「救急車だ――!」「これ――撃たれてないか……!?」

 異変に気付いた人間たちが騒ぎ出す。

 だが少女は意に介さない。

 ただ男性を――捕食した。

 彼女の口から黒い化物が出現し、男性を食い散らしたのだ。

 血飛沫が周囲を汚す。

 唐突に損壊した死体を目にした人々が叫ぶ。

 悲鳴。絶叫。

 すでに町はパニックになっていた。

「そういや、飯への感謝がまだだったな」


「オレの名前はグルーミリィ・キャラメリゼ。美味かったぜ、人間」


 この日、町に上級と呼ばれる《ファージ》が出現した。



「今日は……誰が死んじゃうんだろう」


 莉子の瞳には深い闇が潜んでいた。

 幼い少女がするには淀み切った眼差し。

 彼女に会って初めて、天は彼女の仮面の下を見た。

「それってどういう――」

 どういうことだよ。

 そう天が問いかけようとした時――

「!」「きゃ……!」

 ビルが崩落した。

 20メートルを越えているビルが根元から崩れ落ちていった。

 巻き上がる砂塵は天たちにも及んでいた。

「くっ……」

 天は砂煙を吸わないようにと腕で口を押さえる。

「危ないから離れるなよ……!」

「う……うん」

 天は莉子の肩を抱き寄せる。

 明らかな異常事態。

 目の前にいる彼女を絶対に守らなければならない。

「メンドくさいからビルごと喰っちまったけどさ――」

 声が聞こえる。

 その声は幼い。

 だが、背筋が震えるような圧迫感がある。

「これって、箱ごと菓子を喰っちまってるようなもんかもしれないよな」

 砂煙が晴れ、少女の姿が見える。

 パーカーにショートパンツという少年のような服装をした少女。

「あと髪が砂まみれになってウザったい」

 少女が頭を振る。

 彼女の金髪から砂が散った。

「あれは――《ファージ》……なのか?」

 天は少女を見つめる。

 先程、彼女は『喰った』と言った。

 状況から考えて、食べたのは人間だろう。

 そこから推測した結果、彼女が《ファージ》であるという結論に至る。

(人型の《ファージ》もいるのか……?)

 転生してから、天は何度かすでに《ファージ》と戦っている。

 そして、そのどれもが人間とはかけ離れた姿をしていた。

 むしろ動物的なフォルムが大半だった。

 だからこそ天は、人型の《ファージ》らしき存在の出現に戸惑っている。

「誰……?」

 冷静になろうと努める天。

 そこで聞こえたのは、莉子の震えた声だった。

 彼女は天の腕を掴み、恐怖をにじませていた。

 彼女の視線は――金髪の少女へと注がれている。

「誰って……アイツが見えるのか?」

 天が莉子に問う。

 《ファージ》は一般人には見えない。

 《ファージ》を認識することができるのはALICEだけ。

 箱庭のスタッフでさえ、《ファージ》を直接目撃したことがあるのはほんの一握りだ。

 だが間違いなく、莉子には少女が見えていた。

「あ? 《ファージ》は知ってるみたいだけど……上級と会うのは初めてか?」

「上級……?」

 天は思い出す。

 転生直後に訓練室で仮想の《ファージ》と戦った時。

 助広は言っていたはずだ。

 ――下級、と。

「オレたち上級は、雑兵みたいに認識阻害で隠れきれるほど弱くねぇ。まあ、必要もないんだけどな」


「見た奴ら――全員噛み殺すからな」


 少女の体に無数の亀裂が走る。

 開いた裂け目からは――牙と舌が覗いていた。

 体中に現れたそれは、口と酷似している。

(ここで戦うのはマズイか……?)

 これまで戦った《ファージ》を思い返しても、最初に戦った下級と大差ない相手ばかりだった。

 つまり天はまだ下級としか戦ったことがないのだ。

 それを中級どころか上級。

 一対一で対峙するには荷が重い相手なのではないか。

 天の脳裏でそんな言葉が聞こえた。

「つっても……逃げるわけにはいかないよな」

 天は大剣を顕現させる。

 ここには莉子がいる。

 逃げることは許されない。

 自分自身が許さない。

「ったぁッ!」

 天は一気に少女と距離を詰める。

 そのまま振り下ろす一撃。

 だがそれを少女は掌で受け止める。

「素手で……!」

(いや――)

 天は、攻撃を受け止めたものの正体を見た。

 歯だ。

 少女の掌にある口が、刃を止めていたのだ。

「活きが良いのは嫌いじゃないぜ」

 少女が笑う。

 彼女の表情には焦りも気負いもない。

「そういや、名乗ってなかったな」

 激しいつばぜり合い。

 二人の力は拮抗していて、押しきれない。

「オレの名前はグルーミリィ・キャラメリゼ」

「俺は――天宮天だ」

 名を告げる二人。

「随分と甘々な名前じゃねぇか」

「そっちの『甘』じゃないし、お前に言われる筋合いはもっと……ない!」

 一度、天は両手から力を抜く。

 わずかに少女――グルーミリィの体が前に傾く。

「はぁ!」

 そこを狙い、天は再び大剣を振るう。

 しかし――グルーミリィは不敵な笑みを浮かべている。

 そのまま彼女は掌を天に向けた。


「お前を殺すのなんて――()()()()


 すると少女の掌にあった口が――巨大化した。


 1章のラストバトルが始まります。


 それでは次回は『幸せの天秤』です。



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