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1章 22話 ライブ当日・朝

「ついにこの日が来たか……」

 ベッドから身を起こし、天はカレンダーを睨んだ。

 今日は天宮天にとって大きな意味を持つ一日となる。

 なにせ――初ライブの日なのだから。

 ライブが始まるのは午後6時。

 主役である以上、会場入りはそれよりも早くなる。

「――昼までには戻らないとな」

 時計が示すのは早朝。

 おかげで時間はある程度確保できる。

 普段ならベッドの上で転がっていたであろう時間のせいで眠気が残っている。

 名残惜しさを覚えながらも天は立ち上がる。

「まさか一カ月もかかるなんてな」

 天はテーブルの上にある書類を摘まみ上げた。

 それは外出許可を得るための申請書だ。

 一回目の外出後、天はすぐに申請をしていた。

 しかしレッスンで忙しかったこともあり、今日まで許可が下りなかったのだ。

 そもそも今日でさえ『一定水準以上の完成度に至ったら』という条件付きであり、天のパフォーマンス次第では不許可の判子が押されるところだったくらいだ。

「死ぬ気でレッスンしたんだ、最後の最後でしくじったら馬鹿らしいし急ぐか」

 意味もなく外出申請をしたわけではない。

 箱庭の外で、会いたい人がいたのだ。

 再会の約束をしているわけではない。

 だから会えるかは運任せだ。

 しかし、その運任せのために天は猛練習を重ねてきたのだ。

「――――――」

 天は手早く支度をすませると、机の上に置いていた紙片を手に取った。

 これはチケットだ。

 天宮天のファーストライブへと招待するチケット。

 前もって頼んで、一枚だけ確保しておいてもらっていたのだ。

「アイドル、ね……」

 少女たちが輝くステージ。

 そこに自分が立つという覚悟。

 正直に言えば、アイドルとして活動することを拒否する気持ちは変わらない。

 内心、嫌々レッスンを受けていた。

 前世で男であった天にとって、女性アイドルとして世間に認知されることは不本意以外の何物でもなかったのだから。

「……それで喜ぶ奴がいるっていうなら、悪いことじゃないんだろうな」

 天はチケットをポシェットに押し込んだ。

 天宮天はアイドルになりたくない。

 しかし、彼女がアイドルとして生きることで喜ぶ人がいるとしたら。

「どうせ今さら辞められないんだ、やるしかないよな」

 もう天宮天のデビューは決まっている。

 そのために多くの人が動いている以上、天の身勝手でどうにかして良い問題ではない。

 不本意だが、やるしかない。

 消極的ながらも天はアイドルとなることを決めた。

 おそらくこれが、転生してから天に起こった最大の変化だろう。

「――――――」

 部屋を出る直前、天はふと鏡を見た。

 半ば強制的に置かされた大きな鏡。

 頭から足先までを全体的に見ることができるサイズだ。

 アイドルたるもの、部屋を出る前に全身をチェックするのは当然――とのことだ。

「………………」

 転生から一カ月。

 ようやく少し慣れてきた体。

 黒いリボンで縛られたツインテール。

 シンプルなシャツと、膝頭が少し見えるくらいのスカート。

 天が許容できるギリギリの少女らしさ。

 先程のポシェットも含めて、ALICEの面々によって揃えられたコーディネートだ。

 鏡に映るのは小柄な少女。

 自分でなければ、元男だとは思えないだろう。

 一瞬だけ鏡の中の自分と視線が合わさる。

「――行くか」

 天は部屋を出た。

 ――初日よりも、少し女の子らしくなった自分と別れを告げて。



(これはまあ……喜ぶべきなのか?)

 朝の公園。

 天は目的の人物を見つけることができて安堵した。

 ――朝から一人でここに居座っていることは心配するべきなのかもしれないが。

「よっ」

「お姉ちゃん?」

 天が声をかけると、少女――莉子が顔を上げた。

 一カ月ぶりだが、どうやら忘れられていなかったらしい。

「なあ。今日の夕方って暇か?」

「どうして?」

 莉子が首を傾げる。

 それも当然の反応だろう。

 彼女にとって天は一度しか会ったことのない相手なのだから。

 だが天はこの一か月間、彼女にこれを渡すためにレッスンを続けていたのだ。

「いや……こいつを渡そうと思ってさ」

 天が莉子に差し出したのは、ライブチケットだ。

 確保してもらった一枚。

 それは莉子に渡すためのものだった。

 天宮天が渋々ながらもアイドルとして活動することを決めるキッカケとなった少女だから。

 ファーストライブに招待したい。そう思ったのだ。

「まあほら……無理そうだったら……良いんだけど」

 とはいえ、スケジュールの問題で当日に誘うこととなってしまった。

 彼女の事情を想えば、急に呼ばれてライブに行けるとは限らない。

 だから無理強いするつもりはなかったのだが――

「……ありがとう」

 莉子はチケットを受け取ってくれた。

 彼女は目じりを下げ、愛おしそうにチケットを撫でる。

 天が想像していたよりも、莉子はプレゼントを喜んでくれているのかもしれない。

「今日……誕生日だったの」

 莉子がそう口にした。

 話の流れから、莉子の誕生日が今日ということだろう。

「マジか」

 偶然ながら誕生日プレゼントになっていたらしい。

 想定外の幸運に天は苦笑する。

「…………どうしよう」

 莉子はそう漏らした。

 彼女の声に滲んでいるのは――不安。

「朝からこんなに幸せな誕生日は久しぶり……」

 莉子の口元が緩む。

 自分が送ったもので相手が喜んでくれる。

 そんな事実が照れ臭くて、天は頬が熱くなるのを感じた。

「こんなに幸せな誕生日が来るなんて――」

 莉子の目に涙が浮かぶ。

 そして――


「今日は……()()()()()()()()()()()


 落ちた雫で、チケットの文字が滲んだ。


ここから一章のラストまではノンストップな展開となっております。

天の前に現れる強敵。

そして、アイドルという生き方に天が見出だす答え。

天宮天の章にふさわしいラストを目指します。

ぜひお楽しみに!


それでは次回は「グルーミリィ」です。

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