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越章 7話 ALICE ALIVE4

「悪くないわね」

 旅館へのチェックインを済ませ、天たちは今日泊まることになる部屋を訪れていた。

 この旅館の中でも高額な部屋らしく、案内されたのは本館から独立した建物であった。

 隣に部屋がないため隣室の客の心配をする必要がなく、心置きなくくつろぐことができる空間だ。

 ――ひょっとすると美裂たちは、割り当てられた部屋が離れにあることを知っていたのではないだろうか。

 だからあんな会議を開き――大人のショッピングをさせたのではないか。

 そんなことを今さらながらに思う天であった。

「確かに結構広いな」

 天は周囲を見回す。

 トイレや浴室とは別に部屋が二つ。

 家族連れで宿泊しても問題がないくらいのスペースがある。

「よいしょっと」

 天は部屋の隅にカバンを下ろす。

 そのまま天はカバンから離れようとしたのだが――

 カラン……。

 そんな音が聞こえた。

「天。何かカバンから落ちたわよ?」

「ん?」

 天が振り返ると、すでに蓮華はしゃがんで何かを拾い上げていた。

 それを見て――天は凍りついた。

「しま――」

「これ……何よ」

 蓮華の手にあるのはピンク色をした機械だった。

 卵型の機械。

 一番似ているものといえば防犯ブザーあたりだろうか。

 とはいえ防犯のための道具ではない。

 むしろ使い方次第では――

「マ……マッサージ器デス……」

 天の口から抑揚のない声が発せられた。

 蓮華の手中にあるものは、彩芽が致命傷を負いながら購入したマシンである。

「なんで片言なのよ……。というか、旅行にまで持ってくるだなんて……そんなに凝ってるの?」

 蓮華は不審そうな表情を浮かべる。

 もっとも――ある意味でマッサージ器であることは事実なのだが。

(くっ……何かもっともらしい言い訳を……!)

 とはいえムードも何もないこんな場所でこのマシンの正体を話していいものか。

 どうせいつかは分かること。

 だがこれはもっとアダルティな雰囲気になってから――


「だってお、俺……胸大きいし」


「――――――――」

 蓮華の目から急激に光が失われていった。

(別の意味で失言だった……!)

 とっさに浮かんだ言い訳。

 多分、蓮華はそれを疑わないだろう。

 だがそれ以上にデメリットの大きな言い訳だった。

 これならバレバレな嘘のほうがマシである。

「そっ――。ええ。天はまだ大きくなりそうなんだものね。きっと大層肩が凝るのよね」

 そっぽを向く蓮華。

 明らかに拗ねていた。

「ち、違うんだ蓮華ッ……!」

 すでに一度機嫌を損ねた後なのだ。

 ここで蓮華が不機嫌になるのは避けたい。

 その一心で天は蓮華の肩を掴む。

「な、なによ……?」

 天の剣幕に驚いたのか、蓮華がわずかに身を引く。

 その隙に天は彼女の耳元でささやく。

「これは本当は――」

 天は蓮華の手にある装置の使用用途を語りかけてゆく。

「ぇ――ぁ……」

 徐々に蓮華の体が硬直してゆく。

 天の解説が進んでゆくにつれ、蓮華の体が熱を持つ。

 触れていないというのに、彼女の体温が上がってゆくのが分かる。

「えっ……うそ。マッサージってさっき――」

「だからちょっと大人の? みたいな――」

「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 これまでになく蓮華が動揺した。

 予想していたことだが、彼女はこういうものを初めて見たようだ。

「ぅお……!」

 蓮華は投げ捨てるようにマッサージ器から手を離す。

 天は慌ててそれを受け止めた。

 落下の衝撃で壊れたのでは浮かばれない。

 ――特に彩芽が。

「え、ちょ――そんなの持ってきてたの……!?」

 蓮華は体を抱きしめるようにして後退する。

 彼女は頬を紅潮させながらも天へと警戒心を向けていた。

 もし彼女が猫であったのなら全身の毛が逆立っていたことだろう。

「あ、いや。持って行けって言われたからだし――別に蓮華が嫌ならそれで良いんだけど」

 元より、天と蓮華の関係躍進のためにと練られたアイデアだ。

 当の本人が嫌がるのなら、強要するのは趣旨に反する。

 と思ったのだが――

「…………」

 蓮華猫の尻尾がシュンと垂れた。

 どこか拍子抜けした。

 そんな印象を受ける反応――もしかすると、

「……わりと嫌じゃなかったり?」

「……!?」

 蓮華の尻尾が跳ね上がった。

「べ、別にそういうの――興味ないわよっ」

 蓮華はそう言い放つと、天に背を向ける。

 ――なんとなく揺れる尻尾が見えている気がするのだが。

 そう思うとおかしくて、思わず天は背後から蓮華に抱き着いた。

「ひにゃぁ……!」

 うなじに吐息がかかり、蓮華が身を跳ねさせた。

 天は彼女の体に両腕を回し、しっかりと抱く。

「じゃあ……俺がしたいって言ったら?」

 そう問いかける。

 すると蓮華の体から力が抜けていき――


「べ、別に怒りはしないけれど……」


 そんな一線を引いたような回答。

 そのわりに落ち着かない態度。

 彼女のそんな反応が可愛らしくて、天は思いきり恋人を抱きしめるのであった。


 次回は、箱庭への帰還となります。


 それでは次回はついに最終話『ALICE ALIVE END』です。

 余談ですが、この『ALICE ALIVE』というのはALICE――厳密にいえば蓮華のデビュー曲のタイトルという設定です。



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