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越章 6話 ALICE ALIVE3

 天たちが住んでいた町には海があった。

 とはいえ絶景というほどのものでもなければ有名でもない。

 隠れた名所ではなく、隠れているだけの場所。

 だが全国規模で顔を知られている天たちにはそんな場所のほうが都合も良い。

「ふぅ」

 シートの上に天は腰を下ろす。

 長閑な世界。

 パラソルの影に隠れ、天は海を眺めていた。

 彼女が纏っているのは白いビキニ。

 身長に反し、天の体は起伏に富んでいる。

 そのスタイルゆえに、ワンピースタイプの水着よりもビキニのほうが似合うのだ。

 一方で、下半身あたりの露出は荷が重かったのでパレオを身に着けていた。

「泳がないの?」

 そう声をかけてきたのは蓮華だ。

 彼女が着用している水着は紺色のワンピースタイプ。

 競泳水着のようなスポーティーなデザイン。

 それはスレンダーな蓮華によく似合っていた。

 加えて、彼女の水着は競泳水着のようなデザインをしているが背中は大きく開いている。

 肩甲骨から腰回りまで大きく露出しており、傷一つない白い肌が眩しい。

 人目がなければ指でなぞりたくなってしまうほどに美しいラインを描き出していた。

「ん……まあな」

 美しい恋人の姿を直視できず、天は視線を外す。

「具合でも悪いの?」

 蓮華が覗き込んでくる。

 前かがみになったことで彼女の胸元に谷間が――なかった。

 通常運転である。

 もし谷間ができていたとしたら、それはきっとパッドパワーであろう。

(正直、蓮華の水着が見たかっただけ――って言うわけにもな)

 結局のところ、天が海に行きたかったのはそんな理由だ。

 海なんてわりとどうでも良かった。

 恋人の水着が見たかったがゆえの口実にすぎない。

 確かに、私室で水着を着ている蓮華と――というのも乙なものだが。

「別にそういうわけじゃないけど」

 天はふと浮かんだ妄想をかき消す。

(そういえば――)

 体の具合を問われ、ふと天は思い出したことがある。

 少し前から気になっていたのだが、どうにも聞く機会がなくて放っておいた問題があったのだった。


「そういえば最近、ちょっと胸が痛いんだよな……」


 天はそう打ち明けた。

「………………どんな感じなの?」

 少しだけ蓮華の声音が変わった。

 彼女の眉間に眉が寄る。

「いや……んー……。別に違和感があるなーってくらいなんだけど。結構長引いてるからちょっと気になってさ」

 思い返しながら天はそう言った。

 始まりは――ちょうど4月あたりか。

 助広との戦いが終わった頃だ。

 その頃から天は体に違和感を覚え始めていた。

 胸の痛み。

 戦闘中は胸に打撃を受けることもあったため、そのダメージが蓄積していたのかもしれない。

「嘘……。ちょっとそれ……戦いの後遺症なんかじゃないでしょうね……? ちゃんと医療スタッフには言ったの……?」

 蓮華の表情が曇った。

「いや。まあ、すぐ治るだろって思って――それっきりだな」

「なんで言わないのよっ。ALICEは体の造りが普通じゃないんだから、そういう違和感は放っておかないようにって言ったでしょっ……! それに胸って……心臓に問題が起きていたりしたら――」

 蓮華はほとんど怒鳴るようにまくし立てた。

 天の肩を掴む蓮華の手は――震えていた。

「あ、いや――」

「今すぐ箱庭に戻って検査しましょう……! 旅行ならまた今度できるから――! もし天の体がどうにかなってたらアタシ――」

 焦燥のせいか、蓮華は天の言葉を遮ってそう言った。

「いや――あの、ちょっと落ち着いてくれって」

「落ち着けるわけがないでしょ……!」

 天は蓮華を落ち着かせるために彼女の肩に手を置いた。

 それでも蓮華は止まらなかったが――

「俺の言い方が悪かったって」

「? ……言い、方?」

 ようやく蓮華がわずかに落ち着きを取り戻した。

 ただ時間稼ぎのために蓮華を制したわけではない。

 ――先ほどの発言の理解について、両者の間に齟齬があるように思えたのだ。

「そう。痛いのはさ――」


「胸の中じゃなくて……あの……いわゆる……おっぱい的な?」


 天は少し照れながらそう言った。

「――――」

 蓮華が沈黙する。

 その隙に、天は説明を重ねていく。

「いや……やっぱ元男だし。こういうの他のメンバーに相談するのもちょっと気が引けてさ。蓮華なら事情も分かってくれるかって思って――」

 天宮天は元男である。

 その事実はALICEのメンバーにも話していない。

 知っているのは事情を話した蓮華と、女神を経由して知った月読だけ。

 元男であることを知らないメンバーに相談するのは気が引ける。

 だからといって、知っている月読に相談するのは気恥ずかしい。

 そんなわけでどんどん後回しになっていたのだ。

「それは――」

 蓮華が俯く。

 彼女の声は――低い。

 何かに耐えるような声。

 もしかすると、天が認識していた以上に深刻な問題だったのだろうか。

「それは?」

 問い返しつつ、天は生唾を吞んだ。

 

「成長痛よバカぁッ!」


 蓮華の心に宿っていたのは――怒りだった。

「痛ぁっ! 掴まれると痛いからやめろって――!」

 蓮華の手が天の胸を鷲掴みにした。

 乱暴な握力に押され、蓮華の指の隙間から肉がはみ出す。

「なによ! アタシが本気で心配してるっていうのに、まだ大きくしたいわけ!?」

「あ、落ち着けって……!」

 錯乱した様子の蓮華に天は語りかける。

 今は少しでも彼女を冷静にさせなければ――


「俺も、蓮華が胸のサイズを本気で心配しているのは知ってる。もしそういう話だって分かってたら、よりにもよって蓮華に相談なんて――」


「そっちの心配していたわけじゃないわよッ!」

 だが、どうやら火に油を注いだだけだったらしい。

 確かに蓮華は天の胸を掴むのをやめた。

 しかし、あろうことか彼女の指は天の胸をつねり上げる。

「ん、んんぅぅぅぅぅ!?」

 気が付くと、天は絶叫とともにのけ反っていた。

「んっ……あふ……りぇ、蓮華……! ちょ……あっ……やめ――」

 天は舌を突き出して悲鳴を上げる。

 体が痺れて上手く喋れない。

「なんて声出してるのよッ……! そんな声出してッ……! 俺は男だ男だって言いながら、本当は心まで女になってるんじゃないのかしらッ……」

 そんな天の反応が不満なようで、蓮華の機嫌が急降下してゆく。

「ひょっとして、ギリギリ男として愛せなくもないからアタシだったのッ!?」

「飛躍しすぎだろッ!」

 最終的にはすさまじい勘違いを作り上げていた。

 確かに、お世辞にも蓮華の胸は大きくない。

 だが、さすがに男として愛するのは無理がある。

 こんなに可愛らしい恋人を男と思えるはずもない。

「なによ人の胸をいっつも馬鹿にしてぇぇぇっ……!」

「んひ、ひぅ、ひぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 とはいえそんな言葉を告げるだけの余裕などなく、天は情けない悲鳴を上げるのであった。

 女の子同士のスキンシップなのでセーフです。多分。


 それでは次回は『ALICE ALIVE4』です。

 本作もあと2話ほどでエンディングとなります。



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