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越章 2話 とある日の朝2

「せっかくだし会議の名前でも決めるか」

「それ脱線して本題が進まないパターンだろ」

 天は美裂に半眼を向けた。

 まずは形から入る。

 そういうものは、往々にして頓挫するものだ。

「あはは……」

 彩芽は微妙な表情で空笑いを浮かべている。

「要は天さんたちがより仲良くなるための会議なのですから、シンプルな名前にすればよろしいのではないですか?」

 そう提案したのは月読だった。

 結局のところ、会議の名前など飾りでしかない。

 ゆえに月読としてはそれなりの名前を早めに見繕うつもりなのだろう。

 そんな意図から発せられた彼女の言葉に反応したのはアンジェリカだ。

「女性が仲良くする――確か、以前にファンの方にそんな意味の言葉を――」

 アンジェリカは思案している。

 そして何かを思いつくと、勢い良く立ち上がった。


「思い出しましたわ。確かそう――レズセですわっ!」


「「ぶふぅっ……!」」

 多分、吹き出したのは仕方がないことだろう。

 天は不意打ちを食らい、何度も咳き込んだ。

 しかしアンジェリカは気付いていないようで――

「わたくしは――本会議を『天さんと蓮華さんのレズセを応援する会』と命名することを提案いたしますわっ」

「やめろぉ……!?」

「? どういたしましたの?」

 天の抗議にアンジェリカは小首をかしげる。

 どうやら本当に分かっていないらしい。

「……アンジェリカ。その……さっきの言葉の意味分かって言ってるのか?」

「それはもちろんですわ。以前、ファンレターに『レズセしたい』と書かれていまして。よく分からなかったので神楽坂さんに聞いたところ『あー……うん。女の子同士が仲良くすることだよ』と」

「なんていうか……ドンマイだな」

 美裂は椅子に体を深く沈めこんだ。

 さすがの助広も、アンジェリカに本当の意味を解説する勇気はなかったらしい。

 そして、未解決のままだった勘違いがここで炸裂したのだ。

「わざわざ連絡先まで教えていただいたのですが、特定のファンと交友を深めるのは――と思い」

「断ったわけか」

 天は一息つく。

 不幸な勘違いではあったが、大事にはならなかったようだ。

「良かったな。じゃないと今頃アイドルができない体に――」

「ファンクラブの方々を全員招待してという形で――と提案いたしましたわ」

「本格的にヤバイことになってるじゃんか……!」

 すさまじくカオスな会合が催されようとしていた。

 無知というものは、無自覚に人を大胆にしてしまうのだ。

「ですが、結局その話はなしになってしまいまして」

「まあ向こうも、100人以上とにゃんにゃんするつもりはなかっただろうしな」

 天は胸を撫でおろした。

 意味を理解していたらしい美裂と月読の反応も似たようなものだった。

 一方で――

「? ?」

 彩芽の頭上には疑問符が浮かんでいた。

 そんな彼女を、美裂は笑みを浮かべながら問い詰める。

「どうしたんだ彩芽ママ? そんな乳しててカマトトぶっても意味ないだろ? 女同士なんだから、そんな清楚ぶっても――」

「いや。彩芽の場合は生まれた時代的にカタカナ語が苦手なだけなんじゃないか?」

 彩芽は最年長ではあるが、彼女が生まれたのは約40年前。

 ならば本当に知らない可能性も――


口の利き方なら(日本語なら)教えられますよ(分かりますよ)?」


「ひぇ……」

 底冷えするような彩芽の声。

 ほんの少し声のトーンが落ちただけなのに、全身の毛穴から汗が吹き出しそうになる。

「や――やっぱ名前はなしで良いか……」

 天は無理矢理に話を変える。

 このままではどんな爆弾が破裂するか分からない。

「おう……」

 美裂もパンドラの箱に挑む気はないようで、天の意向に賛同した。

「それでは内容に入るわけですね」

「内容……といっても、何について話すんですか?」

 月読の言葉に彩芽はそう問いかける。

 そう。

 まだ大枠のテーマが決まっただけで、論点さえ曖昧なままなのだ。

「言い出しっぺはアタシだからな。ちゃんと考えてあるさ」

「大丈夫だろうな?」

 妙に自信ありげな美裂。

 さっきのアンジェリカの件もあり、天は不安をにじませる。

「二人で旅行するって時点で、この話題は必須になるはずさ」

 それでも美裂には絶対の自信があるようで、その顔には不敵な笑みが満ちている。

「天。最初は素人なんだ。そして素人には――補助輪が必要だろ?」

 妙に抽象的な問いかけ。

「……というと?」

 美裂の思惑が分からず、天は問う。

 その反応に満足したのか美裂は右手を突き上げ――


「――夜の道具を買うぞ」


 ――とんでもない爆弾発言をした。

「ぶふッ!」

 再び天は吹き出す。

 もしこの会議に飲み物があったのなら、机は今ごろ水浸しだろう。

「いきなりそこかよッ!」

 天は大声を張り上げた。

 夜の道具。

 その意味が分からないほど子供ではない。

 同時に、躊躇いなく語ることができるほど経験豊富でもなかった。

「なんだよ。恋人同士ってなら、夜は大事だろ。それとも、天には好きな女を悦ばせてやりたいって心がないのか?」

「………………」

 悪びれない美裂。

 なぜか、妙に気圧される。

「それとも、蓮華との関係は遊びだったのか?」

 美裂の追撃が天を刺す。

 これではまるで、自分が間違っているかのように錯覚――

「そんな……天さん。見損ないましたわ」

「えっと……」

「あらあら。天さんは悪い方ですね」

「ぅ……」

 周囲のメンバーからの援護射撃を前に、天はうめき声を漏らす。

 もしかすると自分が間違っているのではなかろうか。

 そんな思考が浮かんでくる。

 とはいえ――

「て、てか……100歩譲って、俺の年齢じゃ買えないだろ……!」

 天はそう切り返した。

 ああいった道具は、未成年が買えるものではない。

 そして天は16歳。

 つまり、どう考えても規則的に不可能であり、意味のない議論なのだ。

 そう論破したはずだったが――

「……いるじゃんか。ここに、買える年齢のママがさ」

 美裂が親指で一人を示す。

「え……あの……?」

 そこには突然の出来事に戸惑う女性――生天目彩芽。

 彼女の年齢は21歳。

 つまり――この場で唯一の『大人』なのだ。



「彩芽――天をオンナにしてやってくれ」


・次回――彩芽、エログッズを買わされる……? の巻。


 それでは次回は『とある日の朝3』です。



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