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越章 1話 とある日の朝

「御用改めだッ」


 そんな声とともに扉が開かれたのはとある日の朝のことだった。

 朝――とはいったものの時計は10時を指しており、天たちが目覚めてから少し経った時間帯だ。

 部屋にいるのは天たち。

 そう。天『たち』である。

「……どうしたんだ?」

 椅子に座ったまま天は疑問の声を漏らした。

 トレードマークといえるツインテールは結われておらず、燃えるような赤髪は自然に流れている。

 そんな彼女の背後で、もう一人の少女――蓮華はブラシを使って天の髪を梳かしている。

 ここは天の個室のはずだが、蓮華がいることに違和感がまったくない。

 むしろ最近はずっとこうしていたため、ここにいることが自然だと思えるほどに馴染んでいた。

「もはや夫婦みたいな安定感だな」

 侵入者――美裂はそう笑う。

 いや、彼女だけではない。

 どうやら侵入者は二人だったようで、美裂の背後には小さな少女が躊躇いがちに顔を出していた。

「莉子までどうしたんだ?」

 天は少女の名前を呼ぶ。

 莉子。

 彼女はかつて天が《ファージ》から救った少女だ。

 以前に《ファージ》に捕食されてしまった彼女はこの世界の記録から消滅してしまっており、この箱庭で生活してゆくこととなっていた。

 《ファージ》が滅んだ今もその事情は変わらず、莉子はスタッフとして働いてくれている。

「えっと……太刀川さんがついて来いって」

 ――どうやら美裂に引っ張られてきただけのようだ。

 となれば話題の中心は再び美裂へと戻る。

「それで。結局用事は――」

 天は美裂へと視線を向ける。

 しかし美裂はすでに部屋に入り込んでいて――

「な、なにやってんだ……?」

 美裂は天のベッドに歩み寄り、布団をめくっていた。

 そしてベッドを軽く撫で、わずかに鼻をひくつかせる。

 納得がいったのか、美裂は頷くと天へと振り返った。

「いや。シーツがびしょびしょになって処理に困ってるようだったら、こっそり洗ってやろうかと思って。」

「し、してないしっ!」

 思わず天は叫んだ。

 美裂の言わんとすることが理解できるだけに頬が熱くなる。

 ――動揺のせいか、天の髪を手入れしているはずの蓮華の手も少し震えていた。

「美裂さん。お姉ちゃんの年ならお漏らしはしないんじゃ――」

 莉子は小首をかしげた。

 彼女は本来なら小学生なのだ。

 さすがに美裂の発言の意味を正確にくみ取ることができなかったらしい。

「それは子供の考えってやつさ」

 美裂は指を振る。

 そして悪魔的な微笑みを浮かべると――

「いいか。女には三回お漏らしをする時期があってだな。最初は赤ちゃんで――」

「わーわーわーッ! そういうのはまだ早すぎるだろッ!」

 天が叫んだのは仕方がないことだろう。

 純粋無垢な莉子の心に淫靡な世界をはびこらせるわけにはいかなかったのだ。

「で――なんなんだよ」

「いや。天の性生活が気になってな」

「ホントなんなんだよッ……!」

 悪びれない美裂の態度に天は頭を抱える。

 ――天宮天は瑠璃宮蓮華と恋人同士である。

 二人の関係が露見したのが先月のこと。

 戦いという生活の大部分を占めていた要素の消失、しかもここにきてアイドルユニット内での恋愛だ。

 他のメンバーが天たちの一挙手一投足に興味を持つのは仕方がないのかもしれない。

「てなわけで――ちょっと借りてくぞ」

「なっ――はぁっ……!?」

 蓮華に断りを入れると、美裂は天を引っ張ってゆく。

 想定していなかった事態に天は反応できずに部屋から引きずり出されていった。



「それじゃあ始めるか」

「ですわね」

「はい」

「ええ」

 天が連行されたのは美裂の私室であった。

 だがそこにはアンジェリカ、彩芽、月読までが勢ぞろいしている。

 ――ちなみに莉子とは部屋に行く途中で別れている。

 美裂が言うには、どうやら『大人の話』をここでするらしい。

「何を始めるんだよ?」

「対策会議に決まってるだろ?」

「対策……?」

 美裂の言わんとすることが分からず、天は首をかしげる。

 救世主としてはもちろん、アイドルとしての対策会議といってもピンとこない。

 少なくとも、蓮華を置いてこなければならなかった理由が分からない。

「それは蓮華さんとの関係についてですわ」

 天の思考を察したのか、アンジェリカはそう補足する。

 蓮華との関係。つまり恋仲。

 そして、対策。

「関係って……対策するほど危うく見えるのか?」

(男目線じゃ分からないような失態でもあったのか……?)

 結局のところ、天は女性としての人生経験は一年半程度。

 女心を正確に察知することなど無理な話だ。

 周囲のメンバーから見ると、天の行動には問題が多かったのだろうか。

 そして見るに見かねた――としたら。

「あらあら。危ういというのは、そういうところなのではないでしょうか?」

「?」

 月読の言葉にますます分からなくなる。

 脳内は疑問符だらけだ。

「向上心を失えば維持さえも難しい。もっと好きになる、好きになってもらう努力をしなければ、それがいずれ綻びとなる可能性だってありましてよ?」

 アンジェリカは自信満々にそう語る。

 現状維持でいい。そんな考えは人を堕落させる。

 己を高めようとして、やっと現状維持を成し得る。

 本当の意味で力を身に着けてゆくには、それ以上の努力を要する。

 アンジェリカの言いたいことはこんなところだろうか。

 ――言い換えれば、蓮華ともっと親密になる努力をするべきということか。

「みんな、お二人のことが心配で放っておけないんですよ」

 彩芽はそう微笑む。

「てわけで、今後のための作戦会議をしようぜってわけだよ」

「まあ……気にかけてもらえるのはありがたいけどさ」

 天は頭を掻く。

 皆の性格はよく知っている。

 興味本位に見えなくもないが、根幹には天を心配する気持ちがある。

 それも察せないほど鈍くはない。

 とはいえ――


「みんなって、どれくらい恋愛経験があるんだ?」


 ――問題は、彼女たちのアドバイスが持つ信憑性なのだが。

「「「「……………………」」」」

 部屋を包む静寂。

「ド素人集団じゃねぇかッ!」

 思わず天は叫んだ。

 大体予想がついていた。

 生前はともかく、ALICEとして活動をし始めてからは恋愛など不可能だったはず。

 そんな彼女たちには恋愛の相談に乗るほどの経験値があるのか。

 ――結果はお察しである。

「素人って言っても同じ女なんだ。こんだけ集まれば女心くらいなんとかなるだろ」

 美裂は投げやりにそう言った。

(まあ……元男よりはマシ……なのか?)

 恋愛経験ゼロでも、彼女たちは年頃の少女だ。

 元男である天に比べれば女心には詳しいはず。

 ――参考くらいにはなるかもしれない。

「そういうわけで……こちらを」

 話がまとまったタイミングで彩芽が何かを差し出した。

 彼女の手にある紙片は――

「これって――」


「ペア宿泊券……?」


 天はそう漏らした。

 彩芽が手にしているのは宿泊用のチケットだ。

 一泊二日。お二人様。

 これは――

「福引で当てましたの」

「足の小指強打3回分の成果だな」

「慣れているので大丈夫ですわ」

 美裂の指摘をアンジェリカは一笑する。

 アンジェリカの能力は『運勢の引き上げ』だ。

 一方で、その反動が不幸という形で訪れる。

 小指を強打したのはきっと事実なのだろう。

「ん……?」

(ここって確か――)

 チケットを眺めていて天は気付く。

 サービスの対象となっている旅館。

 その住所は――


 ――かつて天が住んでいた町だった。


 別世界の話だ。町の名前は違う。

 だが以前にネットで調べたことがあった。

 以前住んでいた場所が、この世界ではなんと呼ばれているのか。

 調べていたから、名前だけは知っていた。

 そして旅館があるのは、まさにその場所。

「調べたら結構良い感じの旅館みたいだし、天たち以外の奴がペアで行っても虚しいだけだからな」

 美裂は天井を仰ぐ。

(良い機会……かもしれないな)

「それじゃあ、ありがたく貰っとくよ」

 天はチケットを受け取る。

 確か、以前に蓮華と旅行の約束をしていた。

 必然か運命の悪戯か。

 このチケットは、蓮華を誘うには好機のように思えた。

「チケットも渡せたし――」


「会議を始めるかッ」


 そして、美裂の宣言で会議が始まった。


 ついに始まる後日譚。

 天×蓮華の百合カップルに言及する内容のため、若干エロ系の言動が多めになります。


 それでは次回は『とある日の朝2』です。

 天と蓮華をもっとラブラブに会議の続きです。



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