終章 エピローグ5 元・高架下の姫
「ついに完成しましたっ……!」
誇らしそうに月読はそう宣言した。
彼女が手で示した先にあるのは――
「なあ――」
「……これって」
天と蓮華が目を見合わせる。
三人がいるのは財前邸の一室。
豪邸の名に恥じぬ豪奢な部屋だ。
だというのに――
「ここに来て以来コツコツ作り続けていた――ダンボールハウスです」
「「………………」」
ダンボールハウス。
その名の通り、ダンボールで作られた家だ。
高価な調度品に囲まれ、ダンボール製の家が鎮座していた。
はっきり言って、違和感がすさまじい。
「どうにも最近寝つきが悪いと思ったら、気づいたんですよ」
天たちの困惑にも気付かず、月読は恍惚とした表情を浮かべている。
よほどダンボールハウスを気に入ったのだろうか。
「ベッドのせいだと」
「こんなフカフカのベッドでは、寝るものも寝られないのだと」
「多分、普通は逆なんだけどな」
天は頭を掻く。
ダンボールで作られたベッドで寝ては体が痛くなりそうなものだが。
「最初はベッドの下で寝てみることにしました」
「完全にベッドの使い方間違えているわね」
蓮華は手で額を押さえていた。
「そして気づきました。この3年間の生活で、わたくしの嗜好が大きく変化していたことに」
三年間のホームレス生活で、月読は豪華なものとは相容れなくなっていたらしい。
「知っていますか? ダンボールは、断熱性に優れたすばらしい素材なんですよ?」
「お願いだから。そういうことファンの前で言わないでよね」
蓮華は頭が痛そうにそう言った。
ダンボール住まいのアイドル。
……多分、アウトだ。
少なくとも、アイドル月読朔夜に対する印象とは齟齬があるように思えた。
「そうなんですか? ファンの方々にも、ダンボールの機能美を知っていただきたかったのですけれど……」
少し残念そうに月読は呟いた。
「これを見れば、きっとお二人もダンボールでしか眠れない体になりますよ」
気を取り直した月読はそう微笑んだ。
「もはや呪いだろ」
呆れる天をよそに、月読は彼女たちに背を向けた。
そして月読はダンボールハウスに入ってゆく。
ダンボールハウスは一人がなんとか入れるくらいのサイズ。
となれば入り口も相応の広さなわけで。
「――――――」
天の視線が一点に吸い込まれてゆく。
入り口をくぐるために四つん這いになっている月読。
いつも彼女が着ているゴスロリ服はスカート部分が膨らんでおり体のラインが見えづらい。
だが今の月読の体勢なら臀部のラインが浮き彫りになっており――
「っ……!」
隣にいた蓮華に脇腹をつねられた。
視線を向けると、蓮華は恨みがしげに天を睨んでいた。
どうやら天の視線の行く先に気付かれていたらしい。
「どうですか?」
気が付くと月読はダンボールハウスに入っていたようで、入り口からこちらを覗き込んでいた。
「?」
小首をかしげる月読。
彼女は上半身を入り口から出し、両手を床についている。
運命の悪戯か。
ちょうど彼女の両腕は胸を挟み上げていて、襟元からは一筋の陰影が――
「いっ…………!?」
天は思わず悲鳴を上げた。
側頭部を貫くような視線。
もしも視線に物理的な力があったのなら、すでに天は無惨な死を迎えていたことだろう。
いうまでもなく視線の正体は蓮華だ。
しかし目線にこもる怨嗟はさっきの比ではない。
理由は――大体予想がついた。
「い?」
月読が声を漏らす。
どうやら蓮華の視線には気付かなかったようだ。
天は目を逸らす。
蓮華とのやり取りを懇切丁寧に説明するわけにもいかない。
となれば誤魔化す必要があるわけなのだが――
「い……犬小屋みたい?」
「……すさまじく罵倒された気がするのですが」
月読の声は少し沈んでいた。
野宿に慣れすぎて高級ベッドでは眠れなくなった少女、月読。
能力のためにミステリアスを演じつつも、素の彼女はわりとポンコツだったり。
それでは次回は『ALICE END』です。本編最終話となります。