終章 エピローグ1 デッド・オア・ラストライブ
『きっといつか、この夢も消えてしまう。
アリスも大人になっていく。
不思議な世界ももうすぐお終い。
恋物語は卒業の時間。
この距離も変わっていく。
いつの日か愛と呼べるように』
『Wonder graduation』
それが3周年記念ライブで発表する楽曲名だ。
春。
それは卒業の季節。
周囲を取り巻く環境が大きく変わってゆく季節。
そうして、寄り添う二人の関係にも変化が訪れる。
恋から愛へ。
より深い関係を結んで行く。
そんな楽曲だ。
(月読も上手くやれているみたいだな――)
天はダンスの合間に視線を走らせる。
月読朔夜。
それが、新しくALICEとなる少女の名前。
天たちの中ではもっとも古参のALICEではあるが、アイドルとしては新人なのだ。
それなりに心配していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
桜色のブレザーを纏い、月読は優雅に踊る。
彼女の動きに合わせ、夜色の髪が広がる。
たとえるのなら夜桜。
妖艶な魅力はすでにファンの視線を集め始めていた。
天たちは一糸乱れぬ動きでステージを歩む。
そして歌い上げる。
全身全霊を込めて。
(――――あれは)
ある親子が見えた。
嬉しそうにはしゃぐ少女。
そして、我関せずといった様子の白髪の女性。
二人の姿には見覚えがあった。
「――――」
天は美裂へと視線を向ける。
どうやら彼女も気づいていたようで、小さく笑った。
美裂は親子へとウインクを送る。
すると娘は嬉しそうに跳ね、母親はそっぽを向く。
そんな反応が面白かったようで、美裂はまた笑った。
――ほんの一瞬、アンジェリカの様子が変わった。
少しの驚き、そして穏やかな微笑み。
彼女の視線の先には家族がいた。
黒髪の中年男性。
そして、彼の妻と思われる金髪の女性。
なんとなく――女性はアンジェリカと似ているように見えた。
そんな夫婦の間には少女がいる。
大体、中学生くらいだろうか。
少女は目を輝かせてステージを見つめていた。
(ああ……あれが――)
証拠があるわけではない。
結局のところ、アンジェリカから一度聞いただけの話だ。
写真さえ見たことがない。
しかし、きっとあの家族がそうなのだろうと思った。
「――――」
アンジェリカは手を伸ばす。
絵画のように美しい立ち姿。
家族へと捧げられる満面の笑み。
それは嬉しそうで、どこか泣き出しそうにも見えた。
もう娘だとは覚えていなくても。
歌う自分の姿を見せられる。
かつて為すことができなかった夢が、今実現しているのだ。
そこに思うところがないはずもない。
(本当に……良かった)
天は心からそう思う。
このライブに至るまでの道のりは生易しいものではなかった。
何度も途切れそうな光明を手繰り寄せた。
そうやって勝ち取った未来だ。
――この世界は救われた。
だがこれが終わりではない。
世界の滅亡だけが絶望などではない。
この世界には多くの絶望がある。
理不尽が。
――不平等が。
世界規模でなくとも、個人を押し潰すには充分すぎる不幸が。
終わりなく生まれてゆく悲しみたち。
それを少しでも癒せたのなら。
「みんなぁ!」
天はファンたちに呼びかける。
もう、救世主としてのALICEは卒業だ。
だが、これからもALICEは届けてゆく。
たとえ一時的な安らぎだったとしても。
それが、多くの人を救えると信じて。
なぜならALICEは――
「これからも、応援よろしくなッ!」
――アイドルなのだから。
ちなみに、月読朔夜というのは便宜的な名前であり本名ではありません。
天と同様、月読の本名は不明のままとなります。
それでは次回は『日の差す世界』です。