終章 39話 終わらせ方は己自身で
「これで終わりだ……クルーエル」
天はそう言った。
彼女の手は温かい。
それはクルーエルの心臓の温度。
どくん、どくん。
腕に振動が伝わってくる。
そして――それはだんだん弱くなってゆく。
「ああ……これで終わりだな」
クルーエルは空を仰ぐ。
その表情は泣きそうで、晴れやかだ。
ALICEと《ファージ》。
その戦いに今、終止符が打たれようとしている。
「天宮天」
クルーエルが天へと目を向けた。
そして、笑う。
「努々、勘違いするなよ」
クルーエルは天の背中に腕を回す。
示し合わせることなく、自然と二人は抱きあっていた。
そこにあるのは敬意だ。
殺した側が。
殺された側が。
相手の存在を心に強く刻みつけた証明。
「私を殺したのは――お前だ。天宮天」
そうクルーエルは語る。
だがそこには一切の呪詛はない。
恨みや、憎しみは影さえない。
「私は女神に負けてなどいない」
「私は、私たちを否定する運命に負けてなどはいない」
「私は――お前に負けたのだ」
クルーエルはすがすがしく笑う。
「赦す。――そして誇れ」
「お前の努力が、覚悟がこの私を討ち取ったのだ」
「お前が――世界を救った」
この世界は女神に守られている。
彼女は運命に介入し、人間を守った。
だが、女神のおかげなどではない。
だが、運命のおかげなどではない。
天宮天という個人こそがクルーエルを討った。
彼女はそう語る。
「後悔はない」
クルーエルの体が消え始める。
影は失われ、光の粒子となってゆく。
抱きしめたクルーエルの体が軽くなってゆく。
「なあ――」
――もしも俺たちが、同じ人間だったら。
そんなことを問いかけ、呑み込む。
それは意味のないIF。
天が聞くべきことではないだろう。
天は人間で。クルーエルは《ファージ》。
それは変えようのない事実だから。
「これはきっと野暮なのだろうな……」
クルーエルは目を閉じて微笑む。
その表情は安らかだった。
「もしも私とお前が――」
その言葉は最後まで聞くことができなかった。
彼女の体が空気に溶けてゆく。
光は拡散し、世界と混ざり合ってゆく。
――《ファージ》の王、クルーエル・リリエンタールは消失した。
それは戦いの終わりを意味する。
天宮天が身を投じてきた1年間の戦いが終わりを告げたのだ。
☆
「天っ」
駆け寄ってきたのは蓮華だった。
よほど耐え難かったのか、彼女の体が雷になる。
蓮華は雷速で天に迫り、飛びかかるようにして抱き着いた。
天は後ろに倒れそうになりながらも蓮華の体を受け止める。
抱き留めた華奢な体は少し震えていた。
それに時折、鼻を鳴らす音が聞こえてくる。
――わざわざ顔をうずめて隠しているのだ。指摘しないのが優しさか。
天は微笑み、蓮華の背中に手を回した。
「おーおー」
遅れてきた美裂がそんな声を上げていた。
彼女の後ろにはアンジェリカと彩芽もいる。
「これは立ち入れませんわね」
「あはは……」
「?」「?」
含みのある二人の言葉。
天と蓮華はわずかに首をかしげる。
「なんだよ。言いたいことがあるなら――」
考えても分からない。
話において行かれるのも気持ちが悪いので、天は美裂たちに問いかける。
「気になさらなくていいんですよ。天さん」
しかし、それを遮ったのは月読だった。
彼女は柔和な笑みを浮かべ、天に歩み寄る。
「せっかく戦いが終わったのですから。細かなことは気にせずに喜びませんか?」
「お……おう……?」
――少し釈然としないものもある。
だが月読の言い分にも一理あった。
今日はいわば、集大成。
天たちの戦いが終わった記念すべき日なのだ。
その純粋な喜びに全身を投じるのも悪くないだろう。
「……3年。長かったわね」
天から顔を上げた蓮華。
彼女は大きく息を吐く。
その目は赤く充血していた。
「そうだったな。蓮華は俺よりもずっと前から戦ってたんだよな」
蓮華は3年以上前から《ファージ》と戦ってきたのだ。
単純に、天の3倍の積み重ねがある。
ゆえに彼女が感じる思いも、相応の大きさなのだろう。
「でも、天が終わらせてくれた」
蓮華が微笑みかけてくる。
万感の思いに、涙をあふれさせながら。
「天」「蓮華」
大きな後悔とともに命を落とし、この世界に生まれてきた少女。
救世は彼女にとっての贖罪だった。
だとしたら――
「「――お疲れ様」」
――少しは、彼女の心も晴れただろうか。
最後の《ファージ》であるクルーエルが消滅し、戦いは終わりました。
それでは次回は『終わらない救済者』です。
次回で終章本編は終わりエピローグとなります。
そしてエピローグ後は後日譚『越章 ALICE ALIVE』を書く予定です。