終章 36話 最後の一歩
「にゃーん☆ ごろにゃーん☆」
猫撫で声が聞こえた。
マリアは白猫に頬ずりする。
その姿は年頃の少女にしか見えない。
彼女が女神などと、この光景を見て思うだろうか。
――ともあれ、
「人が最終決戦に臨もうとしてるってのに、猫と遊んでんじゃねぇ……!」
天はマリアの頭を握った。
いわゆるアイアンクローだ。
「ぁあ痛い痛い痛いよー☆ 壊れちゃう☆ マリアの大事なところ壊されちゃうよー☆」
「人聞きの悪い言い方するなッ!」
天は叫び声をあげた。
彼女は嘆息とともにマリアを解放する。
「ううう……。じゃあねイワモン~☆」
天の冷たい視線に耐えかねたのか、マリアは泣く泣く猫とお別れしていた。
「なんつーか、珍妙な名前つけたな……」
あの短時間で名前まで付けていたのか。
天は肩をすくめた。
「で、天ちゃんどうしたの?」
「どうしたもこうしたも――」
天は親指で高架を示す。
あれから30分が経った。
「立会人、頼んでいいか?」
――最後の戦いの始まりだ。
☆
現在、ハイウェイでは天とクルーエルが対峙していた。
「ついに……これで最後なのね」
そんな二人を見つめ、蓮華はそう漏らす。
現在、蓮華たちは戦場から少し離れた位置にあるビルの屋上にいた。
天は一人で戦うと言った。
だから、蓮華たちは戦場の外から戦いの行方を見ることしかできない。
手伝いたいという気持ちはある。
しかしそれを強行することは、天を信じていないということと同義だから。
ゆえに、今にも動き出しそうな体を押さえつけるしかないのだ。
「それじゃあ結界張るよー☆」
マリアが宣言する。
彼女は高速で結界を編み上げてゆく。
半径数百メートルのドーム。
それが彼女たちの戦場だ。
――結界以外は、マリアは戦いに手を出さない。
そう天たちは取り決めていたらしい。
結界はあくまで周囲の人間に被害を出さないため。
マリアはそこまでしか戦いに干渉しない。
勝敗は当事者へと完全に託されている。
「実際のところ、勝算はどれくらいあるのですか?」
月読がマリアに尋ねた。
蓮華たちは天の戦いをほとんど見ていない。
強くなっていることは分かっていても、具体的なビジョンが見えないのだ。
「んー。多分、単純な戦闘力では天ちゃんが圧勝かな☆」
「そう……なのね」
マリアの言葉を聞いて、蓮華は少し安心する。
「でもそれは、普通ならの話」
マリアはそう言った。
「天ちゃんは、これまでの戦いでかなり消耗してる。いくら体の傷は治せても、疲労による演算容量の低下は避けられないから」
まっすぐに歩く天。
だが、彼女の体調は万全には程遠い。
携えている大剣もヒビが入っており、いつ折れてもおかしくない。
どう見ても全力を発揮できる状態ではない。
「でもそれは、あっちも同じだよ☆」
天と対峙するのはクルーエル。
治療に多くの影を使ったのか、彼女が纏う影はかなり少ない。
それこそ局部を隠し、あとは太刀一本が限界。
彼女の体もまた万全とはかけ離れていた。
「肉体的にはどっちも限界が見えている。そうなれば戦いの比重は、自然とそれ以外の要素に傾いてくる」
マリアはそう語る。
肉体以外の要素。
運。あるいは精神。
「だからアタシも、この戦いの行方を占うことはできないかな☆」
万全な状態なら天が勝てる。
でも極限状態において勝敗など簡単に覆る。
そのことは蓮華も知っていた。
だが同時に信じている。
もしも極限状態での戦いにおいて、勝利を手繰り寄せるのが精神力であるというのなら。
それこそ天が負けるわけがない。
そう信じていた。
☆
「それでは、最後の戦いを始めるとしようか」
クルーエルがそう告げる。
二人は道路の中央で対峙していた。
ここには二人しかいない。
結界で隔てられた、二人だけの戦場。
「そうだな。さっさと始めるか」
天は大剣を構える。
互いに傷は癒えている。
だが疲労は限界に近く、立っているだけでも億劫だ。
雑談の時間さえ惜しい。
「――――赦す」
クルーエルの手元で消滅の影が太刀となる。
彼女は太刀を下段に構えた。
二人の視線が交錯する。
「私の王道の終着がお前であることを」
戦いが――始まった。
ラストバトル開始です。
それでは次回は『最後の空』です。