終章 35話 終わりはせめて
「戦いは、半刻後としよう」
二人はそう取り決めた。
「友たちと、別れを済ませてくるといい」
この戦いが終われば、少なくともどちらかは死ぬ。
だから悔いが残らぬように。
心を整理する時間を。
「……それで、満足なのか?」
天は問う。
きっと無粋な問いかけだろう。
でも、聞かずにはいられなかった。
「私たちの戦いにも、随分とケチがついたものだ」
クルーエルは息を吐く。
ALICEと《ファージ》。
そんな構図だけでは語れない戦いになってしまった。
神楽坂助広。そして女神マリア。
別方向から向けられた意志が、彼女たちの戦いの構図を大きく変えた。
「だが、だからこそ――終わりくらいは私が選ぶ」
それでも最後だけは。
最後くらいは、主導権を取り戻す。
自分の意志で戦場を選ぶ。
そんな意図が込められた言葉だった。
「滅びしかないのなら、悪としてお前を討つ」
クルーエルは宣言した。
自分たち《ファージ》が、世界にとって悪ということを認めて。
正義を主張するのではなく、悪の美学を貫く。
「精々、抗って見せろ」
最後の戦いに向け、天たちは一旦別れた。
☆
「天っ」
声を上げたのは蓮華だった。
ALICEの面々が天へと駆け寄ってくる。
どうやらみんな《単一色の世界》から解放されたらしい。
大丈夫だと信じてはいたが、実際に確認したことで心から安心できた。
「――勝ったんですか?」
「ああ」
月読からの問いに、天は頷いた。
「さすがですわね」
「やったじゃんか」
左右からアンジェリカと美裂がじゃれついてくる。
体を左右に揺らされながら、天の顔には自然と笑みが浮かんでくる。
――まだ戦いは終わっていない。
そう分かっていても。
「天さん。治療を――」
彩芽が歩みより、天の手を取った。
激戦で、天の体は傷だらけだ。
「……さんきゅ」
天は彩芽に身を任せる。
すると――
「――どうかしたのかしら?」
「?」
蓮華がそんなことを言い始めた。
「まだ何かあるの?」
彼女が尋ねてくる。
正直、態度には見せていなかったと思う。
それでも彼女は天の事情を見抜いた。
こればかりは付き合いの深さゆえということだろうか。
「――30分後。クルーエルと戦う」
「!」
天の言葉に、みんなの表情が変わる。
空気が張り詰めたのが分かった。
戦いはまだ終わっていない。
そう認識したのだ。
「そりゃそうか。あっちとの決着はまだだもんな」
美裂は頭を掻く。
彼女に気負いは見えない。
「ですわね。最後の戦いなのですから、わたくしたちも――」
そして、戦いへの意志を高めてゆくアンジェリカ。
「いや。悪い」
しかし天は彼女の言葉を遮った。
「俺一人で戦わせてくれ」
天は最初から、1対1で戦うと決めていたから。
「アタシたちじゃ足手まといってこと……?」
蓮華の表情に不安が滲む。
自分の力は必要ないのだろうか。
そんな不安だ。
「いや。なんつーか……んー……」
天は言いよどむ。
言いたくないわけではない。
しかし、この気持ちを言語化する方法が思いつかない。
こればかりは理屈に縛られない話だから。
「……シンパシーっていうのか? 一緒に戦ったもの同士っていうか、決着を誰にも譲りたくないっていうか。あの戦場にいた、俺たちだけで終わらせたいんだ」
奇妙な友情というべきか。
あの死闘を共有した者同士でなければならない。
そんな気がするのだ。
「……そういうのは理屈じゃねぇのかもな」
「仕方ありませんわね」
美裂とアンジェリカが引き下がる。
天の態度から察するところがあったのかもしれない。
「私たちは、天さんを信じて待っていますね」
彩芽も笑顔でそう言った。
「――だそうですよ。蓮華ちゃん」
「……分かってるわよ」
月読に言われると、蓮華は少し拗ねたような声を出す。
「天」
蓮華は少し頬を膨らませ、天へと目を向ける。
「まだアタシ、言いたいことも聞きたいことも。やりたいことも、して欲しいことも一杯あるんだから」
「ちゃんと、勝って来なさいよね」
死闘へと赴く天に贈る言葉。
それは未来の話であり、約束の言葉だった。
☆
「……………勝っても負けても、終わりとの時は近いな」
クルーエルはガレキに座り、曇天を仰ぎ見た。
彼女には思いを託す相手などいない。
「家臣のいない王に、住む国はないというわけか」
彼女の仲間たちは、全員死んでしまったのだから。
この世界にはもう、《ファージ》は彼女だけだ。
「クルーエル」
そんな時だった。
彼女を呼ぶ声が聞こえたのは。
「お前は――」
そこにいたのは古舘だった。
戦場を離れていた彼は、なぜか戻って来ていた。
「わざわざ戻ってきたのか」
「当然だろう?」
クルーエルの問いに、古舘は何事もなさげに答えた。
こんな戦場に戻るなど、あまり利口な生き方ではない。
だが彼を責める気にはなれなかった。
「クルーエル。君の事情は、マリアという子から聞いた」
そう言うと、古舘はクルーエルの隣に腰を下ろした。
「……余計なことを」
同情のつもりか。
余計な気を回してくれたものだ。
「君は、それで満足なのか?」
古舘はまっすぐに問いかけてくる。
偽りを赦さない。
そんな愚直な瞳で。
――嘘を吐くのが馬鹿らしくなる男だ。
「無論だ。刹那的だと言われようと、私に後悔はない。私は――こう終わらせることしかできない」
クルーエルは立ち上がる。
生きながらえ、復興の未来を待つ。
それがきっと賢いやり方だ。
目の前の戦いに命を燃やしたとして、得られるものはないだろう。
非合理な決意だ。
「なら良いんだ」
だが古舘はそれを否定しない。
「君が幸せか不幸せかなんてどうでもいい。他ならぬ君自身が満足している。それがすべてだろう」
彼は拳を突き出した。
「なら、友として言えるのは一つだけだ」
そして屈託なく笑う。
「頑張れクルーエル。君が思うままに」
事情を知ってなお、彼は友としてクルーエルを激励していた。
次回あたりで最終決戦が始められるかと思います。
それでは次回は『最後の一歩』です。