終章 32話 闘争の世界
再生能力を利用した不意打ち。
それを使えるのは一度きりだ。
そして、その手札はもう使った。
ならば――
「ぐッ……!」
天の脇腹に十字架が叩き込まれる。
ミシリと肋骨が悲鳴を上げる。
だが、止まらない。
再生能力任せに押し切る。
「あああああッ!」
天は腕を回し、脇で十字架を抱え込む。
そして残る手で大剣を突き出した。
「おっと」
助広は身を反らす。
大剣の刃が彼の目元を掠めた。
しかし彼の眼光に衰えは感じられない。
助広は勢いよく十字架を引き戻す。
「ぁぐ……!」
天の背中に衝撃が襲いかかった。
助広が十字架を引いたことで、突起部分が天の背中を強打したのだ。
天の姿勢が揺らぐ。
一歩二歩と足踏みしてしまう。
(やば――)
その数歩。
天が踏み込んだのは、あまりに近すぎる間合い。
彼女の目に移ったのは、身を反らした状態から勢いよく戻る助広の姿だった。
「ぁぐ……!?」
視界が黒くなる。
顔面を襲う衝撃。
それは、助広の頭突きを喰らったダメージだ。
足元がふらつく。
元々、肉で構築された床は安定になど程遠い。
天は足を滑らせて後ろに転びかける。
「まだ許してあげないよ」
それを引き留めたのは助広だった。
彼は彼女のツインテールを両手で掴む。
転びかけたところを無理に止められたことで、首から嫌な音が鳴る。
「ッ……!」
助広は勢いよく天の髪を引っ張る。
ブチブチと髪の千切れる音と共に助広の姿が急速に近づいて――
「ぁ…………んぐッ……!?」
再び頭突きを叩き込まれる。
それで倒れそうになれば、髪ごと引き寄せられる。
そしてまた頭突き。
何度も、何度も、何度も、何度も。
「再生能力なんて持っていてもさ。相手を殺せる技量がないんじゃ、ただの高級サンドバッグだよ」
脳が揺れ、助広の声も上手く理解できない。
握力が抜け、大剣がこぼれ落ちる。
「ゃ、やめ……!」
天は必死に腕でガードをするも、助広の頭突きはガードを貫いてダメージを与えてくる。
顔へと迫る攻撃は本能的な恐怖を呼び起こす。
それを知っているからこそ、あえて助広は天の顔へと執拗に攻撃する。
彼女の心を折るために。
――天に時間がないことは助広も悟っているはずだ。
天の目的が助広を打倒することではなく、元の世界の皆を取り戻すことであるのは理解しているはずだ。
ならば、天が勝負を急ぐことも。
ゆえに天の体に恐怖を刻む。
守りに入らせ、攻め気を奪う。
(どこに攻撃が来るかなんて分かってるんだ……!)
嫌になるほど何度も喰らった攻撃だ。
攻撃のリズムも軌道も分かっている。
しかも攻撃に使っているというのは頭。
人体最大の急所だ。
(こっちからタイミングを合わせてやれば――)
むしろ反撃のチャンスだ。
次の一撃。
痛みを覚悟する。
脳が揺れ、視界もブレている。
だが、予測できる攻撃だ。
「ぁ、ああああああああああああああああああッ!」
渾身の力で拳を繰り出す。
タイミング。予測される攻撃の軌道。
すべて揃った一撃。
「ッ!」
天の拳が固いものを殴りつけた。
同時に、彼女の髪を掴んでいた手が離れてゆく。
カウンターが決まったことを確信し、天がわずかな喜色をにじませたとき――
「随分楽しそうだね」
助広の声が――下から聞こえた。
彼は身をかがめ、天の懐に迫っていた。
(なら――)
今殴っていたのは――十字架だ。
助広は、天の反撃を読んでいた。
天に攻撃が成功したと誤認させるため、彼女の攻撃の軌道上に十字架を滑り込ませていたのだ。
「さすがに、これまでカンニングしていた子に読み合いで負けるわけにはいかないかな?」
――戦闘スキルが違いすぎる。
身体能力で勝っていても、助広は天を容易く打倒する。
(まずい……!)
ほとんど密着状態の間合い。
今の助広は十字架を手放しており素手。
つまり、完全に彼の間合いだ。
「逃がさないよ」
退こうとする天。
しかし、助広の両腕が伸びてくる。
鎖骨を折られそうな力で肩を掴まれた。
もう一方の手は股の間を滑り込み、彼女の体を持ち上げる。
「!?」
天の体を抱え上げ、助広は軽く跳ぶ。
軽く、とはいっても地面は数メートル下だ。
かなり変則的な形だが、助広が次にするのは――投げ技。
「ぁぐッ……!」
拘束された状態で投げられたこともあり、上手く受け身が取れない。
地面に叩きつけられ、天の口から声が漏れる。
しかしそれだけでは勢いが止まらず、彼女の体は何度もバウンドする。
彼女の体は地面を転がり、肉壁に叩きつけられることで停止した。
「これで、今度こそ終わりだね」
天がダメージから立ち直るよりも早く、肉壁から触手が伸びる。
「なっ……!」
触手が天の四肢を絡めとる。
彼女の体は容易く持ち上がり、肉壁に押し付けられる。
磔にされた状態から抜け出そうと天は身をよじる。
しかし強固な拘束からは逃れられない。
むしろ体を縛り上げる触手は増えてゆき、さらに脱出が困難になってゆく。
(頭が――)
しかもこれはただの拘束ではない。
精神汚染の性質が付与されたものだ。
触手が天の体を搾り上げる。
そのたびに理性へとヒビが入ってゆく。
彼女自身を構築する何かがこぼれ落ちてしまう。
「みっともなく身悶える姿はあまり見せたくないだろうからね」
助広が歩み寄ってくる。
だが精神汚染に抗うのが精一杯な天にはそれを防ぐ手立てはない。
もっとも、精神汚染がなかったとしても、彼女の体に食い込んだ触手を振り払うことさえできないのだが。
心身共に限界の天。
助広は――
「介錯してあげるよ」
手刀で彼女の腹を突き穿った。
次回で決着の予定です。
それでは次回は『覚悟の世界』です。