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転生したら赤髪ツインテールでした。しかもトップアイドル。  作者: 白石有希
終章 デッド・オア・ラストライブ
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終章 29話 すべてが終わった世界

「そーらーちゃーん」

「…………」

 汚泥の中に沈み込んだ意識。

 ふと声が聞こえた。

「ん…………」

(俺は――)

 少女――は思う。

 自分は――だと。

 思い出せない。

 知っているはずなのに、霧に隠れたように分からない。

 自分のことのはずなのに。

(俺は――)

「天ちゃーん」

(……そうだ。俺は――天宮天だ)

 自己が確立されてゆく。

 曖昧な境界線に、自分という線引きを行ってゆく。

 それが終わった時、彼女――天宮天の意識は浮上した。

「…………マリアか?」

 天が目を覚ますと、そこにはマリアがいた。

 ――なぜか、天に向かって自由落下していたけれど。

「最後の手段☆ ぐっもーにん天ちゃーん☆」

「ぐふッ……!?」

 マリアは両膝で天に着地した。

 緩衝材代わりのつもりか、よりにもよって天の胸に膝をめり込ませながら。

「いってぇなアホ女神ッ!」

 反射的にマリアの襟首をつかみ投げ飛ばす天。

 そのままの勢いでうつぶせになると、彼女はジンジンと痛む胸を両手で抱きしめる。

 鈍痛のせいで涙目である。

「お前……マジで何考えてるんだよ……!」

 天はマリアに猛抗議する。

 少なくとも、プロレス技で起こされる筋合いはない。

「……って、何処だここ?」

 少し落ち着きを取り戻したことで、天は周囲の状況が見え始める。

 彼女がいるのは――肉壁の中だった。

 床も壁も天井も。

 すべてがピンク色の肉に包まれている。

 巨人に食われでもしたのだろうかと思ってしまう光景だった。

「何処って――天ちゃんの世界だよ」


「もう、みんな滅んじゃったけど」


「………………滅ん……だ?」

 天は茫然とそう呟いた。

 ――覚えている。

 気を失う間でのやり取りを、天は覚えている。

 天は助広の能力の前に――敗北した。

「ここはもう誰もいない世界。誰でもある一人だけが存在する世界」

 マリアはそう告げた。

 助広の能力は、全生物の意識の統合。

 あらゆる生物の境界線を破壊し、強制的にすべてを一つにしてしまう能力。

 マリアの言葉が真実なら、きっと助広の能力が完成してしまったのだろう。

 この世界にはもう誰もいない。

 誰かだった、混沌とした意識の塊が存在するだけだ。

「みんなは……どうなったんだ?」

 そう問う天の声は、震えていた。

 今、天はここで肉体を保ち、意識を維持している。

 もしかすると、まだ無事な仲間がいるのではないか。

 そんな希望を込めた問いかけだった。

「――あれ」

 だがマリアは首を横に振った。

 そして彼女が向けた視線を追ってゆくと――

「そんな……」

 そこには――確かにいた。

 瑠璃宮蓮華が。

 天条アンジェリカが。

 生天目彩芽が。

 太刀川美裂が。

 月読が。

 確かに、ALICEたちがそこにいた。

 しかしそれは希望を意味しない。

 むしろ絶望を象徴する光景だった。

「うそ……だろ」

 彼女たちは確かにそこにいた。

 だが、彼女たちに意識はない。

 彼女は生まれたままの姿で、肉壁に体を取り込まれていた。

 目に光はなく、半開きの口から唾液が垂れ落ちている。

 すべてを剝ぎ取られ、肉壁の一部とされてゆく姿は《単一色(アローン・)の世界(アヴァロン)》が作り出す絶望をこの上なく正確に描き出していた。

「俺が――」

(俺が負けたから……)

 口が乾く。

 涙さえ出ない。

 最愛の少女。

 大切な仲間たち。

 それを守れなかったのは――他ならぬ自分。

 もしも天が助広に勝てていたのなら、彼女たちはこうならずに済んだのだ。

「天ちゃん」

 天の肩に、マリアの手が添えられる。

「…………なんだよ」

 天は顔だけで振り返る。

 見えたマリアの顔は――笑顔だった。

 ふざけているのではない。

 真剣な、笑顔だった。


「まだ終わりじゃないよ」


「世界が終わったのにか?」

 マリアの宣言に、天はそう返す。

 慰めのつもりだったのかもしれない。

 だが、それを素直に受け取る気分にはなれなかった。

「でも、天ちゃんはまだ死んでないもん」

 マリアの言葉に、天の体が一瞬硬直した。

 一つ、気づいたのだ。

 本来ならあり得ないはずの事実に。

「……そういえば、なんで俺は無事なんだ?」

 間違いなく、天は《単一色の世界》の餌食になった。

 そんな彼女がなぜ意識を取り戻しているのか。

 普通に考えたのなら、おかしいことだ。

「多分《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》の影響だと思うよ」

「?」

 マリアの言葉の意味が分からず、天は首を傾けた。

「未来演算。そんな芸当が、いくら膨大な演算能力があったって実現できると思う?」

「………………」

 天は考え込む。

 現在・過去。そして物理・心理。

 この瞬間に至るまでのすべての出来事。

 現象と現象をつなぐ法則。

 すべてを掌握したのならば、未来をも手にできる。

 ――だが、そんなことが天一人に可能なのか。

 そもそも、《象牙色の悪魔》の由来であるラプラスの悪魔も、理論上実現不能とされているのだ。

「多分だけど《象牙色の悪魔》は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうやって、天ちゃんの知識だけではどうにもならない演算の穴を補完してるんだよ」

 演算能力があっても、天の知識には不足があるはず。

 彼女は自分が生まれるよりも昔のことは知らない。

 教科書に書かれている物理法則でさえ、すべて知っているわけではない。

 この世界には、まだ解き明かされていない謎がいくらでもある。

 それだって未来演算に欠かせない要素のはず。

 なのに未来演算はきちんと稼働する。

 だとしたら《象牙色の悪魔》は、天以外からも情報を集積しているはずなのだ。

「つまり天ちゃんは最初から、集団的無意識の中でも自我を保てる土壌があった」

 天の中の悪魔は、人類の共通意識から必要な情報を拾ってくる。

 本人に自覚がなくとも、全人類の意識が集まった場所へと接続していた。

 

「天ちゃんなら、この世界でも意識を保つことができる」


 ゆえに、天は集団的無意識に強制接続されてなお自我を失わない。

 無数の意識の海の中で、自己の境界線を守り続けることができる。

「天ちゃんなら、この世界を壊せる」

 多分これは、術者である助広にとっても想定外の出来事。

 終わった世界の中、天だけは動くことができる。

 それはつまり、


「――――逆転を始めようよ。天ちゃん」


 まだ、すべてが終わったわけじゃない。


 助広との最終決戦に続いてゆきます。


 それでは次回は『寂静の世界』です。



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