終章 26話 世界調和4
(何も焦ることはない)
助広はそう判断していた。
片足は負傷。
(多分、僕の能力が発動するまでのタイミングを突くつもりなんだろうね)
だが、問題ない。
確かに足の負傷によって助広は弱体化している。
だがそれは絶対的な話。
弱体化してなお、天たちと比べてしまえば圧倒的な力を有したままだ。
(下手に焦って、逃げに回るほうがまずい)
打てる手は大きく分けて3つ。
防御に徹して、能力が発動するまで逃げるか。
天たちの接近を阻むため、遠距離攻撃で迎撃するか。
(なら、答えは1つ――)
助広は腰を落とした。
――前進のために。
(最速でクルーエルを殺す)
それが助広の答え。
(天ちゃんは僕の動きについてこられるけど決定打がない。クルーエルは決定打を持つ代わりに、僕の動きについてこられない)
単純明快な話。
どんな過程であれ、クルーエルを殺した時点で助広の勝ちだ。
他に彼を殺せる敵はいないのだから。
なら、むしろチャンスだ。
攻撃に意識を向けている今なら、クルーエルを殺すのも容易い。
最悪、腕1本くらいなら捨ててでも動く価値がある。
(決定打がなくなれば、もう手詰まりだよね)
助広が操る均衡には、消耗という概念さえない。
クルーエルという火力を失えば、逆転の目はない。
助広は一歩踏み出し――
「ッッ!?!?」
――全身を斬り裂かれた。
☆
「ヒットよ」
蓮華はとあるビルの屋上でそう口にした。
彼女がいるのは、天たちの戦場から1キロほど離れた場所。
彼女は双眼鏡越しに戦場を一望していた。
彼女の目には、全身から血を噴く助広が見えている。
『蓮華ちゃんを中継した超遠隔斬撃。成功して何よりですね』
インカムから月読の声が聞こえた。
さっきの攻撃は彼女の能力である《無色の運命》だ。
その能力は、他人の想像の具現化。
――現在、月読は蓮華の前方300メートル地点にいる。
つまり蓮華は、月読と助広の二人が見える位置にいた。
その役割は、月読の能力補助。
月読の遠隔斬撃は本来、見えないくらいに離れた敵を精密に斬れるようなものではない。
そこで重要になるのが蓮華の存在だ。
彼女は見ていた。
月読がナイフを振るう瞬間を。
その遥か延長線上に助広がいることも。
月読には見えていなくとも、蓮華は彼女の斬撃の軌道上に助広がいることを知っていた。
蓮華の想像を具現化することで、月読は超ロングレンジの遠隔斬撃を可能にしたのだ。
「天――勝って」
蓮華の声は空に溶けていった。
☆
「最高のタイミングだよホントッ……!」
天は笑う。
彼女たちと助広が衝突する直前、彼の出鼻を挫くタイミングで遠隔斬撃が飛んできたのだ。
助広の全身に裂傷が走る。
致命傷ではない。だが、大きな隙だった。
最高のタイミングの援護。
そこには、1つの偶然があった。
本来なら、遠隔斬撃に助広を傷つけるだけの威力はない。
なぜなら、今の彼はマザー・マリアに匹敵する肉体を得ているのだから。
だが、そんなことを蓮華が知るわけがない。
彼女は戦場でのやり取りなど聞いていない。
だから『当然に斬撃は有効である』と想像していた。
そんな誤認識。
それが助広の肉体をも斬り裂く斬撃として具現化された。
助広の肉体強度を知らないからこそ、蓮華の想像は有効打となった。
――偶然さえも味方してくれている。
そんな今なら――
「「はぁぁぁぁあああッ!」」
天とクルーエルは叫び、強く踏み出した。
一方の助広は、遠隔斬撃のダメージで硬直していた。
瞬きのような時間の中で絡み合った攻防。
その結末は――
「ッッ――!」
天の拳が顔面に、クルーエルの拳が鳩尾に。
二人の拳が助広に突き刺さる。
「「終わりだ――――」」
「助広のオッサン!」「神楽坂ッ!」
衝撃で天の腕の骨が軋み、壊れる。
だが同時に、助広の頭蓋骨にヒビが入っていく感覚の伝わってきた。
クルーエルの拳から黒が滲みだした。
消滅の影はそのまま助広を貫き、彼の腹に大穴を開ける。
二人の全力。
助広の体は容易く吹っ飛んだ。
彼の体は宙を舞い、頭から地面に落ちた。
広がってゆく赤い水たまり。
ついに天たちの力は、助広の命に届いたのだ。
「どんな……もんだ」
天は息を吐く。
汗が吹き出し、体が重くなる。
興奮状態で誤魔化されていただけで、かなり疲弊していたようだ。
「――対価は支払わせたぞ」
クルーエルはそう呟いていた。
彼女は目を細め、小さく微笑んでいた。
きっと彼女の目には、助広に討たれた仲間の姿が見えているのだろう。
戦場に立っているのは天とクルーエルだけ。
助広を倒すため協力体制を取った。
だがその本質は敵同士。
ゆえに――
「ああ――これだけは使う気はなかったのに」
声が聞こえた。
それは、すでに意識から外れていた男の声だった。
「これは――あまりに平等すぎるから」
驚愕に、天とクルーエルは振り返る。
そこには仰向けに倒れたままの助広。
彼は顔の一部を陥没させ、腹から命をこぼし続け、それでも笑っていた。
「《魔界顕象》」
「――――――――――《単一色の世界》」
助広。最後の切り札。
それでは次回は『世界調和5』です。