終章 24話 世界調和2
「ぶい☆」
マリアはピースサインを掲げた。
世界の滅亡をかけた戦い。
そんな場においても、彼女の振る舞いは変わらない。
「――以前、会ったときのままの姿だね」
助広はそう言って頭を掻く。
そして――
「おおー☆」
轟音。
それはマリアの多層バリアが半分ほど砕けた音だ。
助広の一撃は、マリアの結界を破砕した。
だが、貫けてはいない。
「……マザー・マリアの力でも足りないってわけか」
「だって神様だもの☆」
マリアは背後にいる天の手を握った。
そして彼女はそのまま後方へと跳んで行く。
「――素体の封印が解けたのか?」
「うん☆ ギリギリだったねぇ」
マリアの言う通りだろう。
少なくとも、あと1秒でも遅ければ天は死んでいた。
「それじゃあ……選手交代ってわけか?」
女神であるマリアが直接出向いたのだ。
そういうことなのだろう。
「ごめんね☆ アタシじゃ無理☆」
「…………は?」
天の口から変な声が漏れた。
無理。
マリアはそう言ったのか。
「だってアタシが戦ったら《極彩色の天秤》で『神の力』を模倣されちゃうからね☆」
マリアは少し真剣な表情を見せる。
「しかも、ただの神の力じゃない。彼が手に入れるのは『神の権能をすべて身体能力に変換した』もの」
助広の能力は、他人と戦力を均衡させる。
だがそのすべては身体能力として釣り合わせられる。
今回もそうだとしたら。
世界の守護者である女神が持つ全戦闘力を、パワーという一点だけで補完してしまったら。
「そうなったら、拳一つで惑星を砕けるような化物が生まれちゃう」
「…………」
「アタシが戦いに参加した時点で、この世界は滅んじゃうんだよ」
世界を救うためにマリアは戦えない。
世界を救える存在だからこそ、手を出せない。
「アタシは彼を倒せない。天ちゃんを守ることもできない」
「世界は、天ちゃんが救うしかないんだよ」
きっと、マリアが天の覚醒にこだわったのもそのためなのだろう。
助広の能力を知った時点で『自分が手を出せない』ことに気が付いた。
だから必要だったのだ。
マリアの手を借りず、助広を打倒できる存在が。
「安心してね☆ アタシも可愛いだけのマスコットにはならないから☆」
マリアが微笑む。
彼女の背中から白翼が展開された。
彼女の瞳が幾何学に輝く。
「戦場を整えることくらいはできるから」
戦場を囲むように白い光輪が展開される。
一つだけではない。
いくつもの光輪が重なり、層をなした光輪が上空まで伸びていった。
浮遊している光輪の隙間はオーロラのような膜が広がっている。
「これは結界だよ。結界の外には、そよ風一つ漏らさないから☆」
マリアはそうウインクする。
あの光は結界らしい。
助広の身体能力は強大で、戦いの余波で周囲の人間が巻き込まれてしまう。
それを防ぐためにマリアは結界を用意したのだ。
天が、憂いなく助広と戦えるように。
☆
「――話は終わったか?」
そう口にしたのはクルーエルだった。
彼女は視線を助広から外さず、天の隣へと歩いてきた。
「今回ばかりは独立独歩などとは言っていられまい」
――どうやら、協力体制を結ぼうというわけらしい。
もはや三つ巴の戦いをする必要性がない。
現在、助広が一強の状況。
絶対的に優位な彼を引きずり下ろすため、手を組むのは必然といえる。
「信用して良いのか?」
「ここで下手に争って、あいつが一人勝ちするなど赦すと思うのか?」
――天には他人の嘘が分かる。
心のある生物には、嘘を吐いた際に微細な反応が現れる。
上手く嘘を吐けたという優越感。
噓がバレないかという不安感。
そんな心の動きから顕在化する表情の変化を微表情と呼ぶ。
天の能力は性質上、微表情の解析もできる。
ゆえに、能力を使用している天には嘘が通用しない。
だから分かる。
――クルーエルの言葉に偽りはない。
まずは助広を打倒する。
その一点において、二人の思いは一致したというわけだ。
「それじゃあ――共同戦線といくか?」
「赦す」
天たちは並び立つ。
対峙するのは助広。
二人の協力さえ脅威ではないのか、彼は笑みを崩さない。
だが構わない。
彼の表情がゆがむのは――これからだ。
☆
「――――」
黒閃が走った。
するとクルーエルの姿が消える。
彼女の足元には、人がなんとか通れるくらいの穴があった。
彼女は消滅の影で足元を斬り、高架下に移動したのだ。
「ッ!」
同時に天は駆けだす。
路上では天が。
高架下からはクルーエルが助広に迫る。
「はぁッ!」
天は正面から助広に斬り込む。
だが助広は、二本の大剣を容易く受け止めた。
「うん。まるで娘と腕相撲をしている父親の気分だね」
涼しい顔で助広は言った。
まったく力んでいるようには見えない。
それほどにパワーが違うということだ。
「アイドルの彼氏ヅラどころか父親ヅラだなんて――刺されても知らねぇぞ」
天は続けて斬撃を放つ。
まずは三発。
それはすべて十字架によるガードを誘導するための攻撃。
本命は四発目。
「はぁ!」
天は大剣を一直線に突き出した。
全身のバネを使った突貫。
助広の身体能力なら、逸らすなど容易いはずだが。
「…………?」
わずかに彼のガードが遅れる。
理由は骨格。
さっきまで彼が十字架を構えていた位置。
そこから防御へと移行しようとすると、骨格の構造上少しだけ動きが遅れる。
身体能力は反射神経の問題ではない。
人体は、そう動かないように作られているのだ。
わずかなロス。
だが、それは数センチだけガードを甘くした。
小さな突破口。
しかし天は寸分違わず、精密にそこを打ち抜く。
大剣の先端が助広の腹筋に突き立てられた。
剣が擦れ、火花が散る。
だが刃は彼の体を滑るだけ。
裂けた服の下からは、傷一つない体が見えるだけだ。
(ギアをもう一つ――!)
今の身体能力では足りない。
天は脳を操作し、肉体の出力を底上げする。
「らぁ!」
天は空中で身をひねる。
そしてそのまま助広の首に回し蹴りを放った。
人体とは思えない硬さ。
蹴ったはずの自分の足が折れたのではないかと思うほどの衝撃。
それでも、助広の体が横に揺らいだ。
効いている。
多少の骨折を許容すれば、あと一段くらいならパワーを上げられる。
どうにもならない差とまでは――
「これは、ご褒美ってやつかな?」
「っ!?」
何事もなかったかのように助広が手を伸ばしてくる。
彼が狙っているのは天の首。
空中で彼女は身動きできない。
天は反射的に助広の腕を蹴り、その反動を利用して離脱する。
――天の首元にあった装飾が引きちぎられる。
反応が遅れていたら、ちぎれていたのは彼女自身の首だっただろう。
「――――」
追撃に動く助広。
しかし――道路から大量の影が突き出してきた。
クルーエルが高架下の影を使って攻撃してきたのだ。
助広はバックステップで距離を取る。
(さすがにあれは体の強度でどうにかなるわけじゃないのか)
消滅の影を躱した。
つまり、あればかりは助広にとっても痛打となりうるということ。
確かに、助広は強い。
だが、打つ手がないわけではない。
打つ手があるのなら、可能性は低くともゼロではない。
ゼロでないのなら――勝利を手繰り寄せることはできる。
VS助広も後半に突入してゆきます。
それでは次回は『世界調和3』です。