終章 21話 アリスブルーの空へ2
超速再生。
それこそが天宮天の本当の《不可思技》――《青灰色の女神》の能力だ。
内臓などのあらゆる器官を再生する能力。
その対象には、脳も含まれている。
再生能力だけでは、天の戦闘力はそれほど向上していないだろう。
だが《象牙色の悪魔》と組み合わせたのならば話は変わる。
脳を破壊するほどに強力な《悪魔の心臓》。
そして、脳さえも再生させる《不可思技》。
たとえ脳が壊れても、同じスピードで治し続ける。
そうすることで《悪魔の心臓》のリスクを相殺したのだ。
これが――《青灰色の女神》の一段階目。
無論、これだけで終わりではない。
あくまでこれは、以前の最大出力を安定して発揮するための技術。
継戦能力が上がっただけで、瞬間的な戦闘力は以前と変わらない。
そして、さっき助広に見せたのが二段階目。
《象牙色の悪魔》の能力は未来演算。
周囲の情報を読み取り、そこから限りなく真実に近い予測をする能力。
だが、万能であっても全能ではない。
これまで天は《象牙色の悪魔》を全力で使ったことがない。
そうすると脳が焼き切れると知っているから。
しかし今、天は焼き切れた脳を再生する能力を得た。
一段階目は、以前の全力の安定的な運用。
二段階目は、これまでの限界値を越えた演算の発揮。
(演算しろ。加速しろ――)
天の全身を駆け巡る電気信号。
それを掌握する。
スーパーコンピュータを越える演算処理を行う脳。
その電気信号がついに――光速を越えた。
光を越えた信号は――時を越える。
「ッ……!?」
あふれる情報に一瞬だけ眩暈が襲いかかってきた。
今の天の脳にあるのは、彼女だけの情報ではない。
――未来の天宮天が、時間を越えて送信してきた演算結果だ。
これまで、天に許された演算のキャパシティは彼女の脳一個分だけだった。
だが今は違う。
時を越える電気信号。
それは、時間軸を越えて天の脳を接続する。
未来に存在する無限の天宮天。
彼女たちが演算し、その結果を現在の天へと送信する。
現在の天が行うのは、受け取った演算結果の集積・整理だけ。
いうなれば、演算の負担を未来の自分に肩代わりさせているのだ。
だから現在の天には、演算処理の限界が存在しない。
(解る――)
すべてを掌握できている。
この世界に存在する無限の可能性が。
地球の裏で今、何が起こっているのかさえ分かる。
「――――」
天は動きを止める。
その一拍後、道路を軽く足で叩く。
天は知っていた。
この瞬間――震度1の地震が起こる。
本来なら気づけない程度の揺れ。
その波長を助長するタイミングを狙い、道路に振動を加えた。
軽いノックのような衝撃が共振し、増大してゆく。
「「ッ!」」
助広とクルーエルが宙に投げ出される。
ハイウェイが崩落したのだ。
――天は横薙ぎに大剣を振るう。
虚空を通過する斬撃。
天は知っていた。
崩落するハイウェイの破片。
それを彼女に向かって蹴り込もうとしたクルーエルの動きが、天の動きに反応したことでわずかにズレることを。
彼女の蹴った石片は天に当たらない。
電線を撃ち抜き、消火栓を直撃した。
噴き出す水流。
それは軌道上にある電線を巻き込み、雷撃を纏う。
雷撃を含む水滴が――崩れた道路の断面にあった鉄筋に触れる。
「ッ……!?」
助広の膝が曲がる。
鉄筋を伝う雷撃が、彼の体に流れたのだ。
限りなく0%に近い未来。
1000分の1秒。
1000分の1ミリ。
それだけで実現しなくなる未来。
それを今の天は見逃さない。
「はぁッ!」
天は大剣を手に駆ける。
彼女は助広との距離を一気に縮めた。
振り抜かれる一閃。
助広はそれを受け止めるが――
「……!」
助広の体が横に流れる。
大剣と十字架が衝突する瞬間。
天はわずかに攻撃を受け流したのだ。
天は大剣を十字架の突起に引っ掛け、助広の姿勢を崩す。
それでも彼女にはまだ、もう一本の剣がある。
「はあああああああッ」
振り下ろされる青い閃光。
斜めに走る斬撃がついに――助広を捉えた。
ちなみに《青灰色の女神》のテーマは『TAS』です。
乱数調整、フレーム単位の動作もお手の物。
空振りなどによる他者への精神的影響。
人間の感覚では気づけないほどの微細な環境の変化。
すべてが嚙み合った瞬間を読み逃さず、最適な動作で敵を倒す。
システム上可能なら100%実現する。
それが天の完成形です。
それでは次回は『アリスブルーの空へ3』です。