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1章 18話 孤軍奮闘

「っしゃぁぁ!」

 天は大剣を横薙ぎに振るう。

 重量に任せたフルスイングは《ファージ》の頭部を叩き砕いた。

「あと5体……!」

 戦場に駆けつけると同時に行った奇襲。

 それにより順調に《ファージ》は減っている。

 《ファージ》に殺到される前に数は削れた。

 だが本番はこれから。

 《ファージ》は天の存在を察知し、彼女を目指してくる。

 ここからは敵に囲まれつつの戦いとなる。

「――――《象牙色の悪魔(アイボリー・ラプラス)》」

 天の瞳が幾何学に輝く。

 求める未来は『勝利』。

 勝利のための最善の解を導き出す。

「ぅっし……!」

 空気を裂く斬撃。

 それは《ファージ》を切り捨てる。

 大剣は小柄な天でも重い一撃を可能にする。

 だが、引き換えに攻撃の後の隙は隠し切れない。

 そのタイミングを突き、彼女の死角で《ファージ》が拳を引いて構えている。

「見えてないけど知ってるんだよ……!」

 ――しかし悪魔はそれさえ見抜いている。

 天は片足を軸にしてその場で体を回転させる。

 そのまま大剣を盾のように構え、《ファージ》の拳を受け止めた。

「それ――っと!」

 大剣の上を拳が滑ってゆく。

 《ファージ》の一撃は天に届くことなく逸らされ、地面に刺さった。

 受け流しは正面からのガードに比べて筋力を必要としない。

 一方で受ける角度、力を抜くタイミングは非情にシビア。

 しかし天の悪魔はそれを外さない。

 完璧な受け流しにより《ファージ》に隙ができる。

「はぁ!」

 《ファージ》の懐で天は膝を折り――跳びあがる。

 跳躍の勢いを乗せた斬り上げ。

「これで残り3――ッ」

 滞りなく進む戦い。

 優位に事を運んでいるからこそ余裕が生まれ、視野が広がる。

 だからこそ気付いた。

(あれは……!)

 ――()()()()()()()姿()()

「仕方ないか……!」

 急遽、公式に条件を追加。

 勝利だけではない。

 要救助者の無事を確保しつつの勝利へと。

 悪魔は再演算を行い、最適なルートを解き明かす。

「っぐ……!?」

 その代償は、激しい頭痛として現れた。

 コンマ一秒にも満たない一瞬。

 だが確実に天の動きが止まった。

 無理矢理に公式を組み替えた反動だ。

 前世ほどの無茶でなかったために死には至らない。

 それでも『そこそこの無茶』だったがゆえに脳への負荷が大きかったのだ。

「しま――!」

 天の腹を衝撃が襲う。

 頭痛のせいで最善の手順をなぞり損なった。

 《ファージ》の拳が腹に抉り込む。

「ぁぐ……!」

 体重の軽い天は紙屑のように吹き飛ばされた。

 ヒビが入るほどの勢いで壁に叩きつけられ、天は地面に転がる。

「やべ……!」

 完全にミスだった。

 今の位置関係としては、天と怪我人の間には《ファージ》がいるという形だ。

 3体の《ファージ》はすでに怪我人へと意識を向け始めている。

 この距離では急いでも間に合うかどうか――

「ぁ――」

 天は声を漏らした。

 それはどうしようもない未来への絶望――ではない。

「大丈夫か?」

 ある男がいた。

 ヒーローのような恰好をした、普通の街並みにおいては変態じみた姿の男が。

「安心してくれ。俺の筋肉は、実用的だからな」

 彼――グレイトフル古舘は怪我人を軽々と持ち上げている。

 その動作は怪我人への影響を考えてか優しく、それでいて力強く安定していた。

「なんだよ――マジでヒーローだったのか」

 天は笑う。

 一般人に《ファージ》の姿は見えない。

 だから今の古舘にはなんの事情も分からないのだ。

 今も発生している謎の爆発。

 危険なガスがあるのかもしれない。

 爆発物が仕掛けられているのかもしれない。

 そんな状況でも怪我人のために踏み出せる。

 それは間違いなく、ヒーローだ。

 力の有無ではない。

 生き方がヒーローなのだ。

(公式を簡略化――)

 これで怪我人の無事を考えなくて済む。

 ゆえに公式の条件を緩和した。

 前提条件が減り、さらに手順を短縮できる。

(俺の役目は――勝利だ!)

 天は跳び込んだ。

 3体の《ファージ》は怪我人へと向いており、天に背中を見せている。

 横一列に並んだ怪物たち。

(斬撃が浅すぎたら倒せない。深すぎたら一体斬った時点で勢いが止まる)

 絶妙の間合いを割り出す。

 間合い、斬撃の軌道、姿勢。

 そのすべてをクリアして放たれた一撃。

 それは一閃にして3体の《ファージ》を一気に斬り飛ばした。


「こいつでQED(任務完了)だ」



「――ってわけで、全部もう倒したから増援はいらなくなった」

『そうか』

 天は氷雨との通信を再開し、そう告げた。

 そのまま氷雨は簡素な返事だけを残して通信を終える。

「んだよー……。もうちょっと気の利いた言葉があってもいいんじゃないか?」

 天は一人頬を膨らませた。

 単身での《ファージ》殲滅。

 それも二度目の実戦で、だ。

 もう少し褒められてもバチが当たらない気がする。

 別に褒められたくて始めた救世主ではない。

 だが褒められたほうが嬉しいものは嬉しいのだ。

「ちぇ……まあいいや。せっかくの外出なんだしパフェでも食っちまうか」

 ――無自覚のうちに味覚が乙女になりつつあった。

 小石を蹴りながら歩き始める天。

 しかし――


「貴女が、新しいALICEなのね」


 声が聞こえた。

 鈴の鳴るような声。

 だが美しいのは声だけではない。

 白磁のような肌。

 夜色の髪。

 赤い瞳は月のように妖しい光を宿している。

 そこにいたのは黒薔薇をあしらったゴスロリ服を纏った少女だった。

「――誰だ?」

「くすくす……」

 少女は黒い日傘を広げて立ち上がる。

 そのまま彼女はふわりと跳んだ。

 少女は天の眼前に着地する。

 コツン……。

 彼女のブーツが乾いた音を鳴らした。

「わたくしのことは……月読(つくよみ)とでも呼んでくださいませ」

 鼻同士が触れそうなほどの距離でそう少女は名乗る。

「初めまして、ですね」

 彼女――月読は妖艶に微笑んだ。


 解答を導き出すのは悪魔、しかしそれを現実の世界で証明するのは天自身。

 なので、意図的であってもなくても天が『答えへと続くルート』をなぞり損なえば結果が変わってしまいます。

 そして敵が強ければ強いほど、数ミリのズレさえも補正することが難しくなる。

 簡単にいえば、ゲーマーの神業動画を見たことがあっても、一般人だとそれを再現できるかどうかわからないというわけですね。できることを知っているのと実現できるのかの違いです。

 逆に言えば、天自身の強化によって能力の有効性も大きく伸びていきます。


 それでは次回は『月読』です。

 



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