終章 19話 軋む天秤
天秤。
それは両端の皿に置かれた物体の重さを比較する道具だ。
《極彩色の天秤》は均衡させる。
敵と味方。
両者を比較し、平等になるように重しを加えてゆく。
だが――天秤には2つの皿しかない。
ならもしも――比較すべき存在が3つあったのなら――
☆
「…………?」
(《極彩色の天秤》の出力が安定しない……?)
助広は戦いの中で違和感を覚えていた。
彼の能力は敵戦力の拮抗。
誰にも負けることのない能力。
そのはずなのに――
「はぁぁぁっ!」
天が大剣を振るう。
クルーエルの背後から、助広まで届く間合い。
「っ…………」
クルーエルは地面に擦りそうなほど身を低くする。
天の斬撃はクルーエルの頭上を空振りする。
だが、助広も天の間合いの中にいる。
――体勢的に助広は回避を選べない。
ゆえに十字架で大剣を受け止めようとするが――
(まただ……!)
助広の体が吹っ飛ぶ。
拮抗――しないのだ。
明らかに押し負けていた。
この戦いが始まってから何度か同じようなことがあった。
本来ならあり得ない現象。
力と力のぶつかり合いで負けるはずがないのだ。
均衡。平等。
それこそが《極彩色の天秤》の本質なのだから。
わずかな困惑が助広の脳裏をよぎる。
「……なるほど。そういうことか」
均衡が崩れたタイミング。
それを思い返してゆく。
同じ現象を比較。
相違点は除外してゆく。
あの瞬間、そこにある類似点をピックアップ。
その共通項こそが、疑問を解決する答えだ。
(――《極彩色の天秤》の反応が間に合っていないのか)
原因は、三つ巴の戦場。
厳密に言えば、攻守が切り替わったタイミングだ。
均衡の能力が発揮されなかったのは、すべて攻守が入れ替わった直後だった。
助広VS天。助広VSクルーエル。という図式が目まぐるしく入れ替わる。
今、彼は二人の敵と戦っているのではない。
二つの陣営と戦っているのだ。
《極彩色の天秤》はあくまで、天とクルーエルを別の勢力として勘定している。
ゆえに、戦いの中で《極彩色の天秤》の出力が何度も切り替わっている。
そのためほんの一瞬、クルーエルと均衡した状態で天と、天と均衡した状態でクルーエルと対峙するタイミングが生じてしまっているのだ。
――もっとも、それだけでこんな事態にはならない。
一番重要なのは、天とクルーエルの戦力差だ。
(クルーエルと戦っているときに天ちゃんに割り込まれたら、身体能力の差で押し負ける)
天の身体能力はクルーエルを越えている。
スピードもパワーも確実に勝っている。
ゆえに『クルーエルと均衡している助広』では天の攻撃を受け止めきれないのだ。
(天ちゃんと戦っているときにクルーエルに割り込まれたら、身体能力では勝てる。でも、そもそも彼女の影は防御不能)
クルーエルが操るのは消滅の影。
ガードという概念を無視した攻撃だ。
身体能力で勝っているかなど関係がない。
そんなスペック差を貫ける能力なのだから。
とはいえ、1体1で対峙しているのなら対処は難しくない。
防げないなら、躱せば良いだけなのだから。
(天ちゃんとの戦いで姿勢を崩されたタイミングを狙われたら、対処しきれない)
だが天に意識を割いているタイミングとなれば話が変わる。
油断ならない速度で攻めてくる天。
攻撃をさばくことに注意を向けていたら、消滅の影を躱しきれない瞬間がある。
普通の攻撃なら防御すればいい。
だが、クルーエルの攻撃は防げない。
結果として、彼女の攻撃が有効打となるのだ。
「まさかこういう方法で、僕の能力を機能不全に追い込むだなんて驚きだよ」
素直に助広は感心の言葉を口にした。
正直、こんな方法で《極彩色の天秤》を無効化しようとするとは思わなかった。
ALICE。《ファージ》。
取るに足りないと思っていた相手が立ちふさがる。
平静を保ってはいるが、心の奥底にはわずかな不快感がくすぶっていた。
(とはいえ、この方法は絶対的な優位を保証するものじゃない)
もっとも、悲観すべき状況ではない。
別に助広だけが不利な戦場というわけではないのだから。
(この方法が成り立つのは、心の底から三つ巴の戦いに身を投じているからだ)
心のどこかで『助広を協力して殺そう』という思いがあったら成立しない。
すぐさま《極彩色の天秤》は天とクルーエルを同じ陣営として扱う。
そうなれば助広は、天とクルーエルを総合しただけの戦力を手にできるはず。
――隙さえあれば誰であっても討ち取る。
そういう気概を持っているからこそ、《極彩色の天秤》は天とクルーエルを別陣営の敵として認識したのだ。
(機能不全によるギャップも対応できないほどじゃない。上手く立ち回れば充分勝てる)
天かクルーエル。
どうにか片方を落としてしまえばいつも通りだ。
問題ない。
そう助広が判断したとき――
「――そろそろか」
ふと天が立ち止まる。
彼女は二本の大剣を地面に突き立て佇んでいる。
悠然とした姿。
その姿は、神々しささえ感じさせる。
隙だらけなはずなのに、手が出せない。
助広とクルーエルは動くことができず、ただ天へと視線を向けていた。
そしてついに、天が口を開く。
「――――――――《青灰色の女神》」
天の新たな能力は、アリスの名前を背負った能力です。
アリスブルーという色の存在を知った時点で、これしかないと思っていました。
それでは次回は『アリスブルーの空へ』です。