終章 12話 牙
「うーん。これでも止められないか」
炎の壁を前に、助広は立ち止まった。
炎の中に切り開かれた道。
その先にはクルーエルたちが乗ったバイクが見えた。
どうやら影を使って潜り抜けたらしい。
「とはいえ、バイクじゃ道路上しか走れないんだ。どこかでショートカットして待ち伏せするのが確実かな?」
この高速道路はいくつか円を描くような構造になっている場所がある。
あるいは二本の道路が上下に交差するポイント。
それらを利用すれば、大幅にショートカットできるはずだ。
「それじゃあ急ごうか。多分ないとは思うけど、どこかに素体を隠されたら困るからね」
おそらくクルーエルにとって、素体には『助広をおびき寄せる餌』としての役割も持っているはずだ。
だから簡単に手放すとは考えにくい。
とはいえ逆に、素体自体は隠しておき、素体の在処という情報だけを保持する可能性もある。
隠し場所を知るためにはクルーエルを殺さずに打倒せねばならない。
そんな縛りを設けるために。
だがそれは、助広が交渉に応じることが大前提。
所詮、逃亡中に素体を隠せる範囲など目に見えている。
場所が分からずとも見つけられる範疇だ。
殺してからゆっくりと探せばいい話だろう。
しかし、クルーエルに完全な逃亡を許してしまえば隠し場所の範囲も広くなってしまい、彼女の交渉に応じる必要が出てくる。
そういう意味でも、彼女を完全に見失うわけにはいかない。
「さあ――」
助広が高速道路を飛び降りようとしたとき――
「やっと見つけたぜ」
少女が現れた。
小柄な金髪の少女。
可憐な見た目とは裏腹に、粗暴な口調。
口元は好戦的に歪んでおり、視線は助広を射抜いている。
「喜べよオッサン。テメェがメインディッシュだ」
少女――グルーミリィは助広の前に立つ。
距離は10メートル。
それでも彼女の激情は伝わってきた。
「まったく。忙しい時に困ったなぁ」
助広は頭を掻く。
別に戦いを避けるほどの敵ではない。
しかし、時間が惜しいのも事実。
面倒というほかない。
「なんだよ、幼女が誘ってやってんだ。喜べよ」
グルーミリィは嗤う。
今にも飛びかかりそうな激情を宿しながらも、彼女は間合いを詰めてこない。
冷静さを蝕む感情ではなく、むしろ目的のために研ぎ澄まされた感情というべきなのだろう。
こういう面倒だ。
たとえ格下であったとしても、絶命の瞬間まで油断ができない。
「ほら、一緒に寝ようぜオッサン」
グルーミリィは両手を伸ばす。
抱擁を求めるかのように。
「ただし場所は地獄だ」
しかし彼女の手が求めているのは、助広の命だけであった。
☆
(オレだって、何も考えてないわけじゃねぇ)
客観的事実として、グルーミリィの実力で助広を殺すことは難しい。
それは前回の戦いが証明していた。
(普通に戦っても、オレはこいつを殺せない)
なら、どうする。
策を練るしかない。
(まず、ALICEの介入は防いだ)
助広を殺すための段取り。
その1段階として、下級の《ファージ》を使ってALICEを足止めした。
彼女たちの介入は、どんな形であってもグルーミリィの策を破壊しかねない。
この場にALICEがいるという事実そのものが不利益になりかねない。
だからまずは自分以外に誰も干渉できない戦場を作った。
(そしてここからが大本命――)
グルーミリィの周囲に大量の口唇が現れる。
空中で開いたその喉奥には底の見えない虚空がある。
そんな異空間から――《ファージ》が飛び出した。
下級と中級の混成部隊。
今の彼女に用意できる最高戦力だった。
「時間を稼げばあるいは――ってことかい?」
――本当に面倒だなぁ。
助広が息を吐く。
そして、十字架を振り上げた。
「《極彩色の天秤》」
すべてが釣り合ってゆく。
神楽坂助広。
グルーミリィ・キャラメリゼ。
召喚された《ファージ》たち。
すべてを考慮し、戦力が均衡してゆく。
「数で囲めば殺せる。それが幻想だって学ばなかったのかい?」
助広はそう口にした。
「どれだけ数を揃えても、天秤は傾かない」
「君が必死に集めた軍勢も、天秤の皿からは逃れられない」
「さっきも言ったけど、ちょっと忙しくてね。すぐ終わらせるよ?」
助広は腰を落とす。
下級の《ファージ》に明確な意思はない。
助広を追うのはグルーミリィのみ。
彼女さえ殺せば、あとは放置で構わない。
そんなところだろう。
「こっちだってタラタラする気はねぇよ」
グルーミリィは腕を上げた。
そして、号令をかける。
「本能のまま食い漁れ野郎ども」
彼女の指示と同時に《ファージ》たちは動き出す。
そして――
――《ファージ》たちは一斉にグルーミリィを攻撃した。
神楽坂助広の能力が相手では、味方が多くても意味がない。
ならば――
それでは次回は『牙2』です。