終章 4話 終末へのカウントダウン
「素体は君が持っているんだろう?」
助広はそう切り出した。
素体。
それは助広が狙っている宝石だ。
それこそが、女神の依り代なのだそうだ。
正直、氷雨としては半信半疑だ。
女神などと言われても無条件に信じられるわけがない。
とはいえ助広が狙っていたのも事実。
ならば詳細はどうであれ、守る価値があることに違いはない。
最低でも、助広を呼び込む餌にはなる。
「馬鹿なのか? 狙われていると分かっている物に、護衛が一人しかいないわけがないだろう」
氷雨は嘲笑った。
――確かに、彼女は素体を持っている。
しかしそれを教える義理はない。
「よく言うよ」
助広は笑みを浮かべる。
その眼は、まるですべてを見透かすように氷雨へと向けられていた。
「長い付き合いだからね。君が考えることは大体分かるさ」
「素体は、君が肌身離さず持っているはずだ」
そう語る彼の目には確信の色が宿っていた。
「理由は二つ」
助広が指を二本立てた。
「一つは、僕と戦うことを想定してのことだ」
そう断言した。
「僕の《極彩色の天秤》の前では、どんな強力な力も意味がない。逆に言えば、君の『第1世代ゆえにスペックが低い』という弱点も消える」
《極彩色の天秤》。
それが神楽坂助広の能力だという。
その力は、自分と敵の力関係を均衡させること。
敵が強ければ、それに合わせて自分も強くなる。
戦力という格差を釣り合わせる能力だ。
「スペックの不利はなく、高い経験値はアドバンテージとなる。なら、他のALICEに任せるよりも君自身が守ったほうが勝率が高い」
しかし、誰にでも勝ち筋を掴めるという能力にも穴がある。
妃氷雨だ。
彼女は長く《ファージ》と戦ってきた経験と技術がある。
しかし彼女には旧型ALICEであるがゆえの弱点――身体スペックの低さがあった。
だが助広が相手なら問題はない。
彼は『氷雨と同じくらい』までしか強くなれないのだから。
「ここまでが合理的な理由だ」
助広の笑みが深まった。
粘つくような視線が氷雨の肌を滑る。
「そして二つ目。これは単純さ――」
「君が、あの人の形見を手放せるとは思えない」
「ッ……!」
一瞬だが、氷雨の体が反射的に動いた。
――生天目厳樹。
素体は、彼の形見といっていいだろう。
彼が命を懸け、助広から取り返したものなのだから。
「どうやら、よほど死にたいらしいな」
氷雨の視線が鋭くなる。
そして彼女の手首で――腕時計が変形した。
金属が溶け、地面に向かって垂れてゆく。
地面へと伸びた銀色の棒。
それは空中で固まり、サーベルとなる。
この腕時計は、武器を偽装した物なのだ。
「安心しろ。死は、お前の大好きな『平等』そのものだ」
氷雨はサーベルの柄を掴むと、切っ先を助広に突き付けた。
その声には自然と怒りが滲んでいく。
「昔から、怒った君は怖いねぇ」
サーベルを首元に突き付けられても、助広は涼しげに笑う。
彼の表情に動揺はない。
「そんな顔ももう見られなくなると思うと寂しいね」
「そうだな。死人では、私の顔は見られないだろうさ」
氷雨は助広をまっすぐに睨む。
そして――助広が動いた。
予備動作もなく振り上げられた十字架がサーベルを叩き上げた。
氷雨はとっさに衝撃を流し、サーベルが折られるのを避ける。
だが、一瞬だけ生まれた隙。
そのタイミングで助広は後方に跳ぶ。
二人の間合いが一気に広がった。
「僕が死ぬと思われているのか――それなら試してみようか」
「天秤がどちらに傾くのかをさ」
これまでも何度かほのめかしていましたが、氷雨が厳樹に対して抱いている感情は恋愛感情という設定があります。
ただ厳樹の咎芽愛が強すぎて、伝えることさえできていません。
彼女に男性の影がないのもそんな理由だったりします。
それでは次回は『歴戦』です。