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転生したら赤髪ツインテールでした。しかもトップアイドル。  作者: 白石有希
終章 デッド・オア・ラストライブ
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終章  2話 奇妙な絆

「50、51――」

 腕の屈伸に従い、男の体が上下する。

 腕を伸ばせば体が持ち上がり、制止する。

 珠のような汗が跳んだ。

 宝玉のような水滴は重力に従い、床で弾ける。

(私は何をしているのだろうか――)

 そしてクルーエルもまた、体を上下に揺さぶられながらそんなことを思っていた。

 現在、彼女はグレイトフル古舘の背中に座っている。

 腕立て伏せをするためのウエイトらしい。

 結果として、筋肉男が腕立て伏せをするのに合わせて上下し続けるという無為な時間を過ごしていたわけだ。

(あいにくと、他人を椅子にして悦ぶ趣味はないのだが……)

 あるとしたらジャックあたりだろう。

 少なくとも自分にはない趣向だ。

 男の息づかいだけがトレーニングルームに響く。

 ――とてつもなく阿呆らしくなってきた。

「古舘。なぜそんなに鍛えるんだ?」

 あまりに暇なので、そんなことを聞いてみた。

 ただの戯れだ。

「いくら鍛えても『あにめ』みたいなことはできないぞ?」

 さすがに人間では、パンチで衝撃波を飛ばすことはできないだろう。

 それは《ファージ》やALICEの領分だ。

 人間が踏み入ることのできる世界ではない。

 だからこそ、クルーエルには彼が体を鍛える理由がよく分からない。

 無意味に思えてならないのだ。

「確かにっ、筋肉を鍛えても空中を蹴ることはできないし、摩擦力で炎を生じさせることもできないなっ」

(それは《ファージ》でもできないのだが……)

 そんな人類がいたら《ファージ》はとっくに滅んでいる。

「しかし俺は迷いたくないんだ」

「?」

「俺は昔からヒーローになりたかったんだ」

 古舘は腕立て伏せを続けながら語る。

「まあそれでも、できないことは多い」

「それはそうだろうな」

 神ではないのだ。

 なんでも出来るわけがない。

「だからこそ、困っている人を見た時『自分の力ではどうにもならないかもしれない』という迷いを挟みたくないのだ」

「…………」

 普段なら無力な人間の戯言と聞き流すような言葉だろう。

 いくら努力をしたところで、取りこぼすものはなくならない。

 だから、それは叶い得ない理想に過ぎない。

 そう思っていたはずだ。

 しかしクルーエルは、彼の言葉を否定しようとは思えなかった。

 理由は分かっている。

 今の彼女はきっと、そんな『無力な側の存在』になってしまったから。

 全能感など欠片もない。

 力を振るっても、仇討ちさえままならない。

 そんな今の自分だから、彼の言葉を否定できないのだ。

「100っ」

 古舘の動きが止まった。

 どうやら考えに耽っている間にトレーニングが終わっていたらしい。

「協力してもらってすまなかったな」

「別にこれくらいは構わん」

 どうせ居候の身である。

 家主の鍛錬に付き合うくらいは当然のことだろう。

 クルーエルは立ち上がる。

「礼と言ってはなんだが、俺のほうから少し振る舞わせてほしい」

 古舘は床に両手をついたままそう言った。


 

「ふんぬっ……!」

 厨房に古舘の声が響く。

 彼が腕に力を籠めると筋肉が隆起する。

 ぐしゃり。

 そんな音が鳴った。

 音の正体は、彼の手中で砕けるリンゴだ。

「これぞ、マッスルアップルジュースだ」

 古舘がグラスを掲げる。

 グラスの中にはリンゴの果汁と破片が注がれている。

「……見世物としてはともかく、これを今から飲むのか? 私が」

 クルーエルの瞳からわずかに光が薄らいだ。

 この感情はそう、呆れである。

 他人が握り潰した果実を飲む。

 王として生きてきたこれまでで初めての経験だった。

 もっとも、王でなくとも経験する機会は少ないだろうけれど。

「どうかねっ。俺の筋肉ジュースはっ」

 誇らしげに古舘は歯を見せて笑う。

 歯がきらりと光った。

「……それくらい、私にもできる」

 だからだろうか。

 クルーエルがそんなことを言ったのは。

「貸してみろ」

 彼女も厨房に足を踏み入れる。

 そして、近くにあったリンゴを手にした。

 それを空いたグラスの上に構え――

「――――――――」

 人差し指から小指へと。

 少しずつ力を込めてゆく。

 この時、手に力を籠めすぎない。

 力を入れすぎると、先程の古舘のようにリンゴを砕いてしまう。

 なら、彼女が目指すのはさらに一段高い難易度。

 砕かないよう――絞る。

 見た目は地味だが、砕く以上に握力が必要となる。

 瞬間的な筋力ではなく、ゆっくり押し潰してゆく力が要求されるからだ。

 ――黄金色の果汁が一筋にグラスへと注がれてゆく。

「どうだ?」

 クルーエルは得意気に古舘を見る。

 彼女の手にあるのは、枯れ果てたように水分のない芯だけ。

 果汁はロスなくグラスに注がれた。

 そこには果肉の破片が混じることはない。

「ふ……良い筋肉だな」

 クルーエルを見つめ、古舘は小さく笑う。

 それはまるで、同志を見つけた男の笑みだ。

「…………なんだ?」

 クルーエルは首をかしげる。

 彼女の前には手が伸ばされていた。

 手を差し出しているのはもちろん古舘だ。

「感服した――今日から俺たちは、筋肉で結ばれた友だ」


「もっと別のもので結んでおけ」


 クルーエルは一蹴した。


 なお、友情を結ぶことそのものは否定していない模様。


 それでは次回は『終末とのエンカウント』です。

 時間は今話より1週間後。

 最終決戦の日となります。



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