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1章 16話 ライブ衣装を着てみよう

 ツインテールを縛っていたゴムを解いた。

 すると赤い髪がふわりと広がり背中を撫でる。

 天宮天はそのまま仕切りに隔てられたシャワールームへと踏み入れた。

 壁に備え尽きられたシャワーから水が降り注ぐ。

 全身が濡れ、ベタついていた感覚が流れ落ちてゆく。

 水滴がきめ細かい肌を滑り――

「…………」

 天の目から光が消えた。

(今更だけど、完全に女になってる……)

 今回で裸になるのは二度目だ。

 最初は任務完了直後の浴場。

 二日目は心の準備ができずに、服を着たまま体を拭いて誤魔化した。

 だからまだ裸になったのはこれで二回目でしかないのだ。

 そして大浴場で裸になった時は周囲に刺激物が多すぎて目につかなかった。

 だが今日ばかりは……。

 まさに灯台下暗し。

 視線を下げたそこには双丘があった。

 正直、彩芽やアンジェリカが持つあれほどの威厳はない。

 だが――

(意外と……これは)

 ふに……。

「ひぁぅ……!」

 天は身震いした。

 餅のように柔らかな感触。

 自分だから恥ずかしくないはずという理性と、自分であっても自分とは思えないという本能。

 不可思議な感覚に天は一人頭をショートさせていた。

(――冷静になると洗いづらい)

 昨日は自分の肉体の変化など気にしていられないほどの危険地帯だった。

 だからこそ、今回は本当の意味で初めて己の肉体と向かい合っているのだ。

 ――もっとも、ただ緊張しているだけなのだけれど。

「慣れれば問題ない、はず」

 そう言って、天は息を吐くと。


「ま、まあ。最初は難易度が低い場所から慣らしつつ――な?」


 天は誰かに言い訳をしながらシャンプーを手に取るのであった。

 ボディソープはまだ敷居が高い。



「こ……これかぁ……」

 天は鏡越しに自身の衣装姿を目にしてそう呟いた。

(いや……思っていたよりはフリフリしていないし……マシ、なのか?)

 簡単にいえば、それは制服であった。

 ブレザーとスカート。

 一般的に思い描かれる女子生徒の制服にアレンジを加えた衣装だ。

 制服をベースにおいていることもあり、それほど派手なデザインではない。

 だが――

「これ……踊ったら…………見えないのか?」

 天はスカートの裾を掴む。

 最初に気になったのはスカートの丈だ。

 膝頭が完全に見えるミニスカート。

 少し端を持ち上げただけで、眩しい太腿が見えてしまう。

 アイドルが歌うのは観客席よりも高い位置にあるステージ。

 踊れば当然スカートも揺れる。

「振りつけでジャンプとかあったと思うんだけど……」

 跳びあがり、ふわりと広がるスカート。

 それが示すのは――

「そのあたりは、練習するしかありませんね」

「アイドルなら、跳んでも下着は見せませんわ」

「ファンの前でパンツ大公開しないように気ぃつけとけよ?」

 彩芽たちの言葉に、天は崩れ落ちる。

(女になった挙句、男に下着見られるとか控えめに言って自殺案件だろ……)

 人生最大の汚点となりかねない。

「割とシンプルな衣装だよな」

「今回のライブは『もう一つのBirthday』の発表も兼ねていますし、曲のイメージ的に派手すぎるのは向かないと考えられたのではないでしょうか」

 美裂と彩芽はそんな事を話していた。

 確かに『もう一つのBirthday』の歌詞を読んだ時、天の脳裏に思い描かれたのは地味な女の子だ。

 魅力はあるはずなのに、それを活かす術を知らない女の子。

 自分を良く見せるためのオシャレもよく知らない。

 そんなヒロインだ。

 そういうイメージの曲だというのに、アイドルが装飾過多な衣装を纏っていたのでは雰囲気を壊してしまう。

 曲に合わせてシンプルで、それでいてアイドルとしての華も兼ね備える。

 そんなオーダーを実現した衣装だ。

「そういえば、ライブってこれ一曲だけじゃないんだよな……」

 一曲では長く見積もっても5分。

 多少のトークがあれど、一曲で終わるライブなどないだろう。

 そうなれば天が練習する曲も相応に――

「天さんは一曲でよろしくてよ」

「?」

 アンジェリカの言葉に天は首を傾げる。

「実は今回のライブ、事前に『重大発表がある』という告知をしているんですよ」

 彩芽がそう言った。

「最後の一曲として『もう一つのBirthday』を発表すると同時に、新メンバーをお披露目ってわけだ」

 そう補足した美裂によって天は彼女たちの意図を理解する。

「俺が歌うのは最後の一曲だけってことか」

「さすがに一カ月で複数の曲を仕上げるなんて不可能ですもの」

 アンジェリカの言葉に天は胸を撫で下ろす。

 もしも他の曲まで完成させねばならなかったのなら、ライブ当日まで寝られなかっただろう。

「だから天さんは、この一曲に集中してください」

「いわゆるデビュー曲ってやつだしな」

「お……おぅ」

 天はぎこちなく頷く。

 彼女の視線は、自然と壁に向かっていた。

 壁一面の鏡。

 それは天の姿を映し出している。

 天宮天。

 救世主として転生した自分。

 しかし今の自分が纏っているのは、アイドルとしての衣装。

 戦士としてではなく、少女としての自分。

 それを受け入れることは、やはり容易くはない。


(俺が……アイドル)


 胸に渦巻く異物感は、どうしても消えなかった。


1章は天宮天をメインヒロインとしたエピソードとなっています。

彼女はアイドルという職業に意義を見いだせるのかが主軸の物語となるでしょう。


それでは次回は「箱庭の外で一人」です。

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