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8章 エピローグ1 世界が終わる前に 

「…………死ぬ」

 天から言えることはそれだけだった。

「絶対、世界が終わる前に死ぬ」

 マリアと始めた修行。

 それを乗り越えた自分が見えない。

 結局のところ、天は一日中逃げ続けた。

 反撃なんて考えられない。

 しかも草原というステージのせいで身を隠すこともできない。

 できることは必死に走ることだけだった。

「…………これ、本当に大丈夫なんでしょうね」

 そんな彼女の様子を心配する声があった。

 蓮華である。

 現在の天は、蓮華に膝枕をされていた。

 あまり肉付きが良いというわけではない蓮華だが、彼女の太腿には女性特有の柔らかさがある。

 蓮華がここを訪れたのは少し前のこと。

 修行で潰れた天を介抱するため、月読に連れてこられたらしい。

 おかげで至福の膝枕というわけだ。

「ねぇ女神」

「え? 様つかないの?」

 蓮華はマリアを無視し、天の汗を布で拭う。

「修行が必要だっていうのはアタシも分かってるわ」

 蓮華は天の姿を見て目を細めた。

 天の体は大きな傷こそないが、切り傷だらけで全身に血が滲んでいる。

 それだけで修行の激しさが分かることだろう。

「もしも……天にもしものことがあったら、アタシが殺すわよ」

 蓮華がマリアを睨む。

 その瞳に宿るのは間違いなく殺気だった。

 神を前にしてなお、臆した様子はない。

 彼女にとって、天の生死はそれほどの重みを持つのだ。

「大丈夫、大丈夫☆ 死んでも生き返らせるから☆」

「それで許すと思うのかしら?」

「次の天ちゃんは貧乳にしちゃうかも☆」

「…………」

「ちょっと揺らぐな」

 持つ……はずなのだ。

「心配しないでいい」

 だから天は手を伸ばす。

 そして蓮華の頬を撫でた。

「天……?」

「俺は蓮華を一人になんてしない。もちろん、一緒に死ぬつもりもない」

 一緒に生きていくつもりだ。

 そう願っている、誓っている。

「そのためなら、これくらいどうってことはない」

 実のところ、光明はまだ見えない。

 自分の体に眠る《不可思技(ワンダー)》の正体は分からない。

 それを自分の意志で制御できるかなど見当もつかない。

 でも、そんな弱気な自分を見せたくない。

 男とは、好きな女の前で無限に見栄を張る生き物なのだから。

「見ててくれ、蓮華」


「俺、強くなってアイツの頭かち割ってやるからさ」


「えっとそれ……世界滅ぶけど?」

「ええ。楽しみにしているわ」

「バグ発生っ! 世界滅亡の因子が生まれちゃってないこれっ!?」

 マリアが何かを叫んでいるが気にしない。

 どうせくだらないことだ。

「――じゃあ、もう大丈夫だ。足痺れるだろ?」

 名残惜しいが、いつまでの膝枕を堪能するわけにはいかない。

 天が起き上がろうとするも――

「…………構わないわ」

 蓮華が天の額に手を添え、彼女を引き留める。

 再び天の頭は蓮華の太腿に着地する。

「ずっとここで修行を続けるんでしょう?」

「まあ……手応えを掴むまではそうなるな」

 せめて《不可思技》を使うための手がかりを。

 そうでなければ修行の意味がない。

 それまではここに泊まり込む覚悟だった。

「だったらせめて、天が休める場所になりたいの」

 最初は、蓮華も修行に参加すると言い張っていた。

 しかしマリアはそれを許可しなかった。

 いや。拒絶した。

 時間の無駄だと、強い言葉で。

 天は世界の命運を一身に背負うこととなった。

 なのに、自分は修行することさえ許されない。

 蓮華のことだ。思うところはあったはずだ。

 だからせめて。

 そんな思いなのだろう。

 彼女なりに、何かをしたいという気持ちがあるのだ。

「何よ……。アタシより地べたのほうが寝心地が良いとか言うわけ?」

「そんなことないって」

 天は笑う。

 これはそう、悪戯を思いついた顔である。

 天は少しだけ頭を浮かせる。

 そして――勢いよく寝返りを打った。

 天はうつぶせになり、蓮華の太腿に顔をうずめる。

「ひゃぁぁぁぁっ!?」

 さすがの蓮華も反応できなかったらしく、無防備な悲鳴が響いた。

 彼女の体が大きく跳ねる。

「ひゃ、ぁっ、ぁぁっ……!?」

 幸いにして――本人にとっては不幸なのかもしれないが蓮華が履いていたのはスカートだった。

 天が頭を揺らすと、それに伴い蓮華のスカートがまくれ上がってゆく。

「ちょ、ちょっと天っ!? い、いき……息かかってるからっ……!」

 身を反らす蓮華。

 押し殺したような呼吸音が聞こえていたが、それも次第に聞こえなくなる。

 こうしてしばらく、天は恋人の太腿を堪能するのであった。


 はたして天の修行は間に合うのか。

 

 それでは次回は『灰色の空の下』です。



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