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8章 17話 誇りの皿

「ぐッ……!」

 左腕が飛んだ。

 クルーエルの口から苦悶の声が漏れる。

 そのまま押し込めようと、助広がさらに踏み出してくる。

「ちっ……!」

 クルーエルは右腕を振るい、指先から影を伸ばす。

 影は鞭のようにしなり助広を狙う。

 ガード不能な消滅の影。

 それでも助広は止まらない。

 影の隙間に身を滑らせ、間合いを潰す。

「ぐっ……!」

 助広の肘がクルーエルの鳩尾に抉りこむ。

「随分と影が減ってきたね」

 助広は笑みを浮かべた。

 すでにクルーエルの影は6割近く失われている。

 腕や腹部は肌がすでに露出していた。

「…………」

 影がクルーエルの左腕を補い、再生させる。

 これにも影を消耗するが、片腕で戦える相手ではない。

「影は上半身から先に使うんだね。まあ、上半身は腕で守りやすいからってところかな?」

 助広はそんな分析を述べながらも攻撃の手を緩めない。

「最悪心臓のある胸さえ守っていれば即死しない。即死しなければ影で治せる。うん。合理的だ」

 そう言うと、これまでよりさらに鋭く助広は間合いを詰める。

 鼻同士が触れそうな距離。

 明らかに得物を振るうには近すぎる。

 近すぎる距離。

 それにより生まれた死角を突き、助広は手を伸ばす。

 伸ばした手は、クルーエルのスカートの中へと入りこむ。

 彼の手が――露出している足を掴んだ。

「!?」

「使った影のわりに消耗していないと思ったら、やっぱり見えないところの影を使っていたみたいだね」

 助広の手がクルーエルの肉を掴む。

 指先が肉に抉りこみ、血があふれ出す。

「ッ……」

 クルーエルは表情を歪める。

 助広の握力はすさまじく、彼女の肌に指が刺さりこむ。

 生温かい血液が流れ落ちてゆく。

 ――クルーエルは戦闘中、助広の目に移らない部分の影を使っていた。

 そうすることで、彼女の余力を偽装していたのだ。

 しかしそれも見通されていたらしい。

 見た目以上に消耗していることを見破られてしまった。

「はな……れろッ!」

 クルーエルは影の刃を振るう。

 いくら戦闘力が高くとも、助広も影を防げるわけではない。

 彼は跳んで距離を取る。

 ――クルーエルの左足をもぎ取りながら。

「ッッッ――――!」

 クルーエルは唇を噛み、絶叫を抑え込む。

 足を奪われた痛みよりも、機動力を失ったことが問題だ。

 クルーエルは急いで影を左足に集めるが――

「がッ――!?」

「君の能力の弱点は、追い込まれれば追い込まれるほど弱くなることだね」

 十字架がクルーエルの腹に叩き込まれる。

 彼女の体は吹き飛び、床を転がってゆく。

「君の能力がもっとも強力なのは戦いが始まった直後だ。攻撃も防御も影に依存する性質上、苦戦すればするほど攻撃力も防御力も下がってゆく」

「…………」

 クルーエルは立ち上がろうとして、崩れ落ちる。

 これまで蓄積したダメージのせいか体に力が入らない。

「攻防一体。逆に言えば、どちらかが削がれたのならもう一方も輝きを失ってしまう」

 絶対切断であり絶対防御。

 しかしそれは『影』という一つの要素に依存する。

 影を失えば失うほど、攻撃の手段は奪われ、防御は薄くなる。

 助広の指摘は間違っていない。

「君の能力は強力だ。順当にいけば大概の相手に勝利できる。その反面、追い込まれた状況から逆転を狙える能力ではない」

 スロースターターとは真逆。

 最初の攻防で勝てない相手には、粘っても勝てない。

 戦いが長引くほど弱くなる。

 それがクルーエルの弱点。

「まあ、つまるところ――」


「勝負は見えたってやつさ」


 助広はクルーエルの腹を蹴りつける。

 彼女は勢いよく床を転がる。

「……!」

 クルーエルは転がりながらも態勢を整えて立ち上がるが――

「遅いよ」

 すでに助広は肉薄している。

 彼の手がクルーエルの首を掴む。

「残念ながら、僕と君の能力は相性が悪い」

 彼の力は強く、クルーエルの力では振りほどけない。

 影の刃で攻撃すれば助広は手を離す。

 しかし、次に迫る拳を止めることもできず、正面から殴り飛ばされてしまう。

「僕は『最初の君』を基準にしてバランスを取っている。一方で君は、戦いが長引くほどに弱くなっていく」

 助広の戦闘力は、クルーエルたち5人と釣り合っていた。

 それだけではない。

 戦闘開始直後のクルーエルは、今よりもはるかに強かった。

 5対1の戦闘力というだけではない。

 今のクルーエルは当初の力を失っている。

 拮抗することさえ難しい。

 もはや5対1ではおさまらないだけの戦力差があった。

「ねえ」

 気が付くと、助広が目の前に立っていた。

 ダメージのせいか、クルーエルの反応は鈍っていた。

 迎撃する間もなく、助広の手がクルーエルの髪を掴む。

 彼女の体が持ち上げられ、足が床を離れた。

「ねえ。今からでも僕と協力しないかい?」

 彼は提案する。

「最悪、僕が敵対者としての役割を演じても良いんだけどね。でも、僕としては《ファージ》には頑張ってほしいんだよ」

 ――ほら。協力してくれないかい?

 彼は笑いかけてくる。

 戦いが始まる前と同じ。

 うさんくさい、信じがたい笑顔で。

 きっと、彼の提案に乗るのが利口なのだろう。

 別に従う必要はない。

 ただ今は耐え、好機を待てばいい。

 それまで利用してやるというくらいの意識を持ったほうが正しいのだろう。

 だが――

「ありえない……な」

 そうクルーエルは一笑する。

 運命と誇り。

 その2つを秤にかけ、彼女は決めたのだ。

「納得、と言ったな」

 クルーエルは助広を見据える。

「こんな不平等な世界が出した結末では納得できないのだと」

 運。あるいは運命。

 そんな不確かなものが左右する結末では納得できない。

 そう助広は語っていた。

「私は違う」


「矜持を曲げた戦いなどでは――納得できない」

 

 戦いなのだ。

 不平等も不条理も理不尽も承知の上。

 むしろ我慢ならないのは、神様気取りの男がバランスとやらをとった戦場で戦うこと。

 そんなお情けのような戦いで雌雄を決したくはない。

「私は、お前を殺す。そして、運命とやらも覆す」

 クルーエルは今にも食らいつきそうな眼光で助広を射抜く。

 そして、口を大きく開き――


「なぜなら私は、王だからだ」


 口内の影を助広に射出した。


 あと1話の後、エピローグが入ります。

 そして始まるのは終章『デッド・オア・ラストライブ』です。

 天たちの世界をめぐる戦いが完結する章となるのでお楽しみを。


 それでは次回は『こぼれおちるもの』です。



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