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8章 15話 運命と誇りの天秤5

 首を失ったマスキュラの体が崩れ落ちる。

 制御されていない体は容易くバランスを失い、そのまま床の穴へと消えていった。

 スローモーションの世界。

 止まりそうな世界を、激情が突き動かした。

「「「ッ!」」」

 グルーミリィ、レディメア、クルーエルが攻撃を放ったのはほとんど同時だった。

 3方向から助広の命を狙う攻撃。

 彼は空中で身をひねり、床を蹴ってそれを逃れた。

「これで均衡は崩れた」

 助広はへらりと笑う。

「ここからは僕も攻めていこうかな」

 助広は十字架を振りかぶった。

「せっかく良いお城なんだ。広く使わないとね」

 彼は片足を軸にしてその場で回転する。

 そして――十字架を投げた。

「っと」

 回転しながら飛来する十字架。

 グルーミリィはサイドステップでそれを躱す。

 標的を失った十字架はそのまま壁を貫いた。

「おいおい。いきなり武器を手放し――」

「《壊れろ》」

 グルーミリィの言葉を遮るようにジャックの言霊が飛ぶ。

 言霊は弾丸となり、グルーミリィを狙う。

「! なにを――」

 グルーミリィはそれをギリギリで躱す。

 もしも掠めていたら頭が潰れていたかもしれない。

 誤射では済まされない攻撃にグルーミリィが怒りを見せるも――

「危なかったね。ミリィちゃん」

 ジャックの言霊が、グルーミリィの背後から迫っていた十字架を砕いた。

「壁を貫いた後、他の部屋を通りながらブーメランみたいに戻って来ていたみたいだね」

 助広は最初の攻撃でグルーミリィを殺すつもりはなかった。

 あの十字架は、戻ってくる軌道でグルーミリィを殺すためのものだったのだ。

 どうやらジャックはそれを察知して手を打っていたらしい。

「……礼は言わねぇぞ」

「もちろん。僕も言葉だけのお礼より、体でのお礼のほうが――」

「死ね」

 グルーミリィはそう吐き捨てた。

「この状況。これってつまりさ――」

 そんな中、助広に向かって跳びこむ影があった。

 ――レディメアだ。

 彼女は両手を肥大化させ、構えている。

「武器がなくなって、素手ってことでしょッ!」

 十字架はジャックが砕いた。

 今の助広は徒手。

 その隙を突くように、レディメアは攻撃に移った。

「まさか」

 しかし助広に焦りはない。

 むしろ余裕さえ感じさせる。

「こんなところで武器を1つしか持たないほど不安定な戦い方をするわけないだろう?」

 助広の手には小さな十字架のアクセサリー。

 それ自体はありふれた金属製のものに見える。

 しかしそれが――巨大化してゆく。

「銃刀法とか面倒だからね。昔は、武器の隠し方にも苦労したんだよ」

 気が付けば、助広は変わらず十字架を所持していた。

「そんな――」

「さあ。2人目だ」

 飛びかかったことで、現在のレディメアは空中にいる。

 すでに姿勢は攻撃態勢に入っており、ガードできる状態にない。

 その姿は、この上なく無防備だった。

「1度傾いた天秤は、並大抵の努力じゃ戻せないんだよ」

 十字架がレディメアの胸を貫いた。



 地面にレディメアの体が落ちる。

 彼女を中心として赤い液体が広がっていった。

 胸には大穴が開いている。。

 おそらく心臓ごと吹き飛んでいることだろう。

「陛下」

 ジャックがそう言った。

「そろそろ、撤退も視野に入れるべきじゃないかと思うんですけど」

「…………」

 撤退。

 それは敗走に等しい。

「仕切り直せば、再び戦力は均衡する……か」

 今、助広は5人分の力を持っている。

 一方で、クルーエルたちは数を減らされて3人しかいない。

 このまま戦っても勝ち目は薄い。

 しかし、一度仕切り直せば。

 能力の性質上、助広はクルーエルたち3人分の力へと弱体化するだろう。

 そうなれば勝機はある。

「そうだな。このまま戦っても利がない」

 クルーエルはそう判断を下す。

 このまま助広を殺したいという気持ちはある。

 しかしリスクが高い。

 引き時としては、今が最後のチャンスだろう。

「じゃあ、オレたちだけで人間界に行くのか?」

「いや。奴を人間界に追放する」

 グルーミリィの言葉に、クルーエルはそう答えた。

「わざわざこっちに出向いてきたんだ。向こうも、戻る手段は用意しているはずだからね。逃げたところで、すぐに追いかけられたら意味がないじゃないか」

 ジャックはそう肩をすくめる。

 助広はここに来た時点で、帰るための準備をしているはず。

 ――ならば、再突入の準備は?

 あの余裕の態度だ。

 勝てるという自信があったのだろう。

 言い換えれば、2度もこちらの世界に侵入する必要性を感じていなかった可能性がある。

 運が良ければ、彼が再突入するまでそれなりの時間を稼げるかもしれない。

 彼の追跡を躱すために姿をくらますとしても、一旦は彼を追い払ってからのほうが都合が良い。

「それじゃあ――」


「《退いてよ》」


 ジャックの言霊。

 それにより、助広の体が吹っ飛ばされた。

 彼はそのまま壁を貫いて姿を消した。



「弱い言霊は、効力の代わりに躱しづらくて面倒だねぇ」

 ガレキを押しのけて助広は立ち上がる。

 即死の言霊のような強力なものには弾丸などの形が与えられる。

 逆に、さっきのような言霊は間合いも関係なく強制される。

「まあ、いいか」

 気にすることなく助広は歩き出す。

 すでに戦局は助広に傾いている。

 気にせずとも、問題なく勝てる。

「もうそろそろ、向こうも撤退を考える頃かな?」

 そう助広は読む。

 すでに《ファージ》陣営の勝利は難しい状況。

 撤退するのが賢い選択だ。

「僕としては別に逃がしてあげても構わないんだけどね」

 助広は笑う。

 元より、提案のためにここに来たのだ。

 だからわざわざ追ってまで殺す必要はない。

 しかし――

「でも僕と彼女たちの交渉は決裂したんだ」

 そしてまだ、彼女たちが助広の提案を受ける気配はない。

「交渉が成立してもいないのに見逃すだなんて不自然だよね。不公平だよね」

 助広の笑みが深まってゆく。


「なら――見逃してあげるわけにいかないじゃないか」


 形勢が少しずつ傾いてゆきます。


 それでは次回は『運命の皿』です。



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