8章 12話 本当の力
「いや。使ってるだろ」
――《不可思技》を使っていない。
マリアの言葉に反論する。
だって、
「俺の《象牙色の悪魔》は――」
「《不可思技》じゃないよ」
天の言葉はマリアに遮られた。
衝撃的な言葉で。
「は?」
「だってそれ、天ちゃんが生前から持っていた、人間時代の能力だもん。ALICEとしての能力じゃない」
《不可思技》。
それはALICE独自の能力。
ALICE化した人間が手にする固有能力だ。
そうすると、定義に当てはまらないのだ。
前世から有していた《象牙色の悪魔》という能力は。
「天ちゃんはその力があったからこそ、自分に眠る能力の存在に気が付かなかった」
「ということは――」
「天ちゃんには、もう1つ能力があるっていうこと☆」
マリアは微笑む。
自信ありげに。
彼女の言うことが本当なら、天にはもう一つ能力が存在するのだろう。
だが気になることもあった。
「なんか前、助広のおっさんが『弱い《不可思技》ほど覚醒が遅い』って言ってたんだけど」
以前の話だ。
そんなことを聞いたことがある。
敵対している現在を思えば、あの言葉は嘘だったのかもしれない。
だが不安要素にはなる。
「まあ、確かにその認識であってるかも。力が弱いと、発現するラインに届くのに時間がかかっちゃうから」
マリアはその理屈を否定しなかった。
《不可思技》の出力が水だとして――
強力な《不可思技》ならあっという間にコップを満たしてしまうだろう。
しかし低出力の《不可思技》はいつまで経ってもコップを満たせない。
《不可思技》の発現とはいわば、コップからこぼれた水を観測すること。
強力な能力ほど、観測できる基準値に到達するまでの時間が短くて済む。
それこそが、『覚醒の早い《不可思技》ほど強力』という理論の根拠だ。
「なら今さら俺の《不可思技》が目覚めても――」
新しい能力が増えても、事態を打開できるだけの能力じゃなければ意味がない。
「ううん。天ちゃんの能力はすでに覚醒してるよ」
それをマリアは軽く斬り捨てる。
懸念は不要だと。
もう《不可思技》は発現しているのだと。
「そんなの――」
まったく自覚のない話。
天の声に困惑が混じる。
「天ちゃんが気付いていなかっただけ。これまでも戦いの中で使ってきてたんだよ」
一方でマリアは落ち着いていた。
彼女は指先を天の唇に押し当てる。
「多分、普段は天ちゃんの中の悪魔が制御してくれてるから気付かなかったんだろうね☆」
「悪魔が……?」
悪魔。それは《象牙色の悪魔》のことだろう。
あの能力は理解していないことも多い。
そもそも普通の人間が有している機能ではない。
「だって天ちゃんが《不可思技》を使うのは《象牙色の悪魔》に戦闘のすべてを委ねているときだけだったから」
《象牙色の悪魔》は高い演算能力を用いた未来演算。
しかしそれには2段階がある。
未来予測。
求めた未来に辿り着くための最適解を導き出す演算。
後者に関しては天もプロセスを完全には理解しておらず『どうしてその行動が正しいのか』を理解していない場合も多い。
そんな天の手を離れた場所で、悪魔は《不可思技》を行使していたのだろうか。
「だから天ちゃんは、決戦の日までに《不可思技》を自分の意志で使えるようにならないといけない」
無意識を自意識で。
心臓を自分で動かすような感覚。
それを掴めとマリアは言う。
「提案なんて言っちゃってゴメンね」
マリアはそう謝った。
彼女の手がかざされる。
「天ちゃんに選択肢なんてない。今すぐ構えて――」
彼女の手に光の粒子が収束してゆく。
そして顕現したのは――弓だ。
「そして、強くなって」
光の矢がマリアの手に生まれる。
「大切な人たちと、この世界を生きていきたいなら」
マリアの視線に力が宿ってゆく。
彼女の目から戦意が漏れだす。
「天ちゃんは、強くならないと駄目なんだよ」
「この世界は――弱い人にはどこまでも冷たいんだから」
「……断る気なんかないさ」
対峙する天も大剣を構える。
どうやら修行は実戦形式らしい。
「俺はこの世界で、幸せにしたい奴がいるんだ。こんなところで終わってたまるかって話だ」
世界を救わなければならない。
それでいて、自分も死ぬつもりはない。
なら強くならなければならない。
運命に、自分の我儘を押し通せるくらいに。
「うんうん。その意気だよ☆」
マリアは笑う。
本当に嬉しそうに。
「で。女神様が直々に修行してくれるんだ。本当に強くなれるんだろうな?」
「うん。断言してあげる」
弓矢を構え、マリアはそう言った。
「《不可思技》を使いこなした天ちゃんは――」
「女神より強いから」
マリアの瞳に、疑いの色は微塵もなかった。
天宮天の新能力は終章でのお披露目となります。
それでは次回は『運命と誇りの天秤3』です。