8章 10話 運命と誇りの天秤2
「……どうしてだい?」
クルーエルからの拒絶。
助広は疑問を口にした。
「信じるに値しないからだ」
理由など簡単だ。
信頼。
あらゆる取引において不可欠な要素。
それが決定的に欠けていた。
「さっき、僕の話が事実だって言ってくれたじゃないか」
助広はそう言う。
「ああ。だが信じない」
クルーエルも、助広が言う数奇な偶然の理由――女神の存在については信じている。
「お前の言葉をじゃない。お前自身を信じない」
彼女が信じないのは助広自身。
彼の在り方そのもの。
「真の平等、か。笑わせる」
クルーエルは嘲笑した。
上から目線で天秤を見つめる男を。
我が物顔で、皆を天秤に乗せようとする男を。
「仲間を裏切るような男を、私は信じない」
「私たちには《ファージ》としての誇りがある。人間としての誇りを持たないお前は、信じるに値しない」
クルーエルは愛している。
王として。母として。
《ファージ》たちを愛している。
だからこそ軽蔑する。
同族さえ大事にできない男など信頼できるはずがない。
「…………なるほど」
助広は顎に手を当ててそう漏らす。
「たとえ滅びの運命が待っていてもかい?」
彼は問いかける。
笑みを浮かべて。
それでも良いのかと。
つまらない意地のために滅んでも良いのかと。
そんな彼の問いに、クルーエルは己の答えを叩きつける。
「運命とは、踏破するものだろう?」
「――お前たちはどうだ?」
クルーエルはこの場にいる仲間に問う。
「うむッ! 運命に阻まれるほど正義は軽くない! むしろ、運命を越えてこそ正義は輝くのだッ!」
真っ先に叫んだのはマスキュラだった。
彼は拳を突き上げて叫ぶ。
「――なんか見下されてるみたいで不愉快だよね」
レディメアは興味なさげに髪をいじっている。
だが口元が嗤っている。
不快な存在への制裁へと思いをはせて。
「だね。誰かの口車に乗るのは面白くないや」
ジャックは鼻で笑う。
戯言で他人を翻弄する彼のことだ。
他人に動かされることなど許せないのだろう。
「珍しく意見が合うじゃねぇか」
グルーミリィは舌を出す。
彼女の目には好戦的な感情が宿っていた。
この場にいる全員から敵意を向けられる助広。
「くふ……ふふ……!」
だが彼は笑っていた。
あまりのおかしさに我慢できなかったと言わんばかりに。
「ああ。非合理だ。本能的だ」
助広はそう口にする。
そこに非難の色はない。
「ああ。分かったよ。君たちはそれで良いんだ。本能の赴くまま、輝く未来を信じていてくれたら良いんだ」
彼は賛美している。
愚行を祝福している。
その愚かさこそが良いのだと。
「僕がちゃんと天秤を釣り合わせてあげるから」
助広はクルーエルたちに手を差し伸べる。
「そうだね。当事者は君たちだ」
彼の手に握られた十字架が床に擦れ、音を鳴らす。
「君たちは愚直に自分の可能性を信じて、貫いて欲しい」
クルーエルたちは戦いに向けて身構える。
「そんな結末なら――きっと平等だからさ」
「こんな不平等な世界じゃ、美しい祈りも届かない」
助広は歌うように語る。
憂うように世界を語る。
「僕が用意してあげるよ」
彼が提供するのは平等。
相手が望むかは関係がない。
彼自身の意志で、遍くすべてに平等を。
「信じれば夢はきっと叶う」
おとぎ話でしかないそんなセリフ。
「そんな平等な世界をさ」
理想論のような言葉が現実になる世界。
彼はそれを目指しているのだ。
誰かに求められているかなど関係がない。
「――行くぞ人間」
クルーエルは影を伸ばし、刀のような形に変えた。
腰を落とし、構える。
言葉はあまりに無力だ。
平行線ですらなく、彼女たちが分かりあう日は来ない。
なら――暴力で解決するしかない。
「ああ。おいでよ。運命に呪われた可哀そうな子たち」
助広は十字架を振り上げる。
それは平和をもたらす聖徒か。
はたまた傲慢を押し付けるだけの異教徒か。
それは関係がない。
クルーエルたちにとって敵であることは揺らがない。
これは天秤だ。
両の皿に乗るのは誇りと運命。
滅びしか待っていないとしても《ファージ》としての誇りを胸に運命に挑むか。
抗い続ける誇り高さを忘れ、運命に許しを請う奴隷となるのか。
「みんなの生き生きした姿が見たいから、僕は天秤を釣り合わせるんだ」
天秤がどう傾くのかは――誰にも分からない。
助広VSクルーエル陣営が始まります。
それでは次回は『天とマリア』です。