8章 9話 運命と誇りの天秤
「……弱者とは大きく出たな」
クルーエルは目を細める。
先程の助広の発言。
あれは間違いなく彼女たちに向けられたものであった。
彼女たちを、弱者と定義したものであった。
「まあ良いじゃないか。君たちも分かるさ。世界の話を聞いたらね」
「世界の話だと?」
クルーエルは怪訝な表情を浮かべる。
世界。
どうにも曖昧で掴みどころのない話だった。
「君は不思議に思ったことがないかい?」
彼は語る。
両手を広げ。
演説のように。
「君は1000年周期でしか目覚められないんだろう? それは、最初からかい?」
「…………」
どうやら彼は、クルーエルの体質についても調べていたらしい。
「違うはずだ。そんなペースでしか活動できないにしては、君の精神は成熟している。1万年間に、君は10年しか活動できないのにだ」
助広は調査の上で、その不自然さを説く。
「《ファージ》の個体数からして、長く見積もっても種としての歴史は数千年。計算が合わない。君の体質が生来のものなら、君の精神年齢は10歳にも満たないはずなんだ」
彼の目には確信が宿っていた。
「……正解だ。確かに、私がこの体質になったのは3000年前だ」
となれば嘘を吐いても意味がない。
1000年眠らねばならなくとも、今のクルーエルは目覚めているのだ。
この情報が人間に対して有利に働きはしない。
勝敗を決するには1年で充分なのだから。
「理由に心当たりはあるのかな?」
助広の問い。
それは想像していたものではなかった。
体質の理由。
そんなものを彼が気にする理由が分からない。
「………………」
「ないだろう?」
助広は笑う。
どうやらこの会話の流れは、彼が望んでいる方向に進んでいるらしい。
「人類を守るご都合主義。これは偶然じゃない、必然なんだ。一つの意志が、故意に起こした奇跡なんだよ」
助広はそう断言する。
「この世界には、人間を守る女神がいる」
彼は語る。
神の奇跡を。
まるで教祖のような振る舞い。
それでいて、彼の目に宿る感情は背信者のそれだ。
「彼女がいる限り、《ファージ》は人間に滅ぼされる」
「それはALICEを殺しても変わらない。女神自ら君たちを滅ぼして終わりさ」
彼が言う女神とやら。
それが作る運命のレールに乗る限り、《ファージ》に勝ち目はない。
《ファージ》が滅び、人間が生きる。
その結末はすでに決まっているのだと。
彼はそう説く。
「そこで提案なんだけどさ」
助広の口元がゆがむ。
きっとここからが、彼にとっての本題なのだ。
「君たちの戦い。少し僕に預けてくれないかな?」
「預ける、だと?」
解せない。
先程から、彼の意図が見えない。
どうにもクルーエルが持つ常識と噛み合わない。
「ああ。僕が女神を殺すまで、君たちには待っていて欲しいんだよ」
女神を殺す。
彼曰く、人間の守護者であるはずの女神を、だ。
さらに彼の考えが分からなくなる。
「今戦ったって、運命に導かれるまま犬死にするだけだ」
クルーエルの返答を待たず、助広はそう言った。
「僕が、戦場を整えてあげるからさ。もう少し待っていてよ」
まるで《ファージ》の味方をするかのような言動。
その虚飾を見抜こうとクルーエルは助広を観察するが――
「簡単だろう? 君たちには、真に平等な世界で戦って欲しいんだ」
助広の言葉で、すべてを理解した。
「…………なるほど。お前の言わんとすることは理解した」
クルーエルは息を吐く。
助広は人間の味方でも《ファージ》の味方でもない。
ただ、理不尽な有利不利を許さないだけだ。
「荒唐無稽。しかし、女神なのかは知らないが、人間を守る意志の存在は感じたことがある」
それは偽らざる本音。
これまでずっと感じてきた。
不自然というほかない人間の抵抗。
ALICEなど最たる例だろう。
あんな突然変異が都合良く起こるなど信じがたい。
「きっとお前の言っていることは事実なのだろうな」
そう彼女は笑う。
目に見えない運命。
それに女神という形が与えられただけだ。
《ファージ》がいて。ALICEという存在も現れた。
神様とやらがいてもおかしくはない。
だから、彼の理屈に間違いはないと考えた。
「それを踏まえた上で――」
そう考えたところで、
「――――――断る」
結論は決まっているのだけれど。
早くも交渉決裂。
それでは次回は『運命と誇りの天秤2』です。