8章 7話 幻想の終わり
「もうそろそろ、天秤も釣り合う頃合いかな?」
神楽坂助広は笑う。
彼はとあるビルの屋上にいた。
そこからは財前邸が見えている。
「まったく、待ちくたびれたよ」
現在は3月。
助広が箱庭を離反してから2ヵ月近く経っている。
それまで彼はALICEの居場所を突き止められなかった――わけではない。
「まあ僕としても、箱庭が壊れるのは想定外だったからね」
ただ、不平等だったから。
拠点を失ったALICEがそのまま《ファージ》との最終決戦に挑む。
それでは十全の力を発揮できない。
それは不平等だ。
「新しい拠点にも慣れてきた頃だろうし、そろそろ天秤も釣り合うよね?」
だから待った。
ALICEたちの準備が整う時期を。
お互いに全力でぶつかり合えるタイミングを。
「だから、僕も僕なりに動き出そうか」
時機は来た。
助広も動き出す時だ。
「人間だって嫌だろう? 汗と涙の先に掴む勝利が、すべて『女神様のおかげ』だなんて言葉で済まされるのは」
彼は問う。
悔しくないのかと。
死ぬ気で努力をして世界を救ったとして、それが女神の導きであることを悔しく思わないのかと。
自分自身の手で掴み取った平和だと誇りたくないのかと。
「《ファージ》も悔しいだろう。女神だなんてどうしようもない存在が敗因になるだなんて」
彼は問う。
絶望しないのかと。
どれほど勝ろうと、女神という超次元の存在に叩き潰されるという運命が。
「だから僕がバランスを取ってあげるよ」
そんな不平等は許さない。
物語の中ではいつもそうだ。
愛。友情。絆。努力。
様々なものが運命を打破してきた。
「口を開けて上を向ければ甘露が降ってくる。そんな約束された勝利なんかじゃ誇れないだろう?」
なら、物語のような舞台を用意しよう。
女神なんて保護者のいない戦いを実現しよう。
「あらゆる運命が牙を剥いてくる。そんな理不尽な敗北じゃ納得なんかできないだろう?」
人に負けてほしいわけじゃない。
《ファージ》に勝ってほしいわけじゃない。
ただ本人たちの能力と才覚によってのみ勝敗が決まってほしい。
部外者の横槍は許さない。
「分かってる」
助広は笑う。
「ちゃんと平等に争おうじゃないか。スポーツマンシップに則って、知恵と実力だけが物を言う戦場ですべてを決めようじゃないか」
平等で対等で、あと腐れのない戦いを。
それを提供してあげることこそが助広の悦びなのだ。
「どっちが勝っても、僕は祝福してあげるよ」
だって助広は――誰が勝つかだなんて興味がないから。
「だって僕は――人間も《ファージ》も平等に愛しているからね」
それもきっと、平等の形だ。
今話でわりと時間が跳びました。
多分、完結まで作中時間であと1~2週間くらいになると思います。
それでは次回は『世界の影2』です。