8章 6話 天と蓮華2
暗い部屋。
深夜の世界は静寂だけが支配していた。
「「………………」」
聞こえるのは、愛しい人の吐息だけ。
「天。もう寝ちゃったの?」
蓮華がそう問いかけてくる。
彼女が身じろぎをすると、その感触はそのまま天へと伝わってくる。
二人は同じベッドの中で眠りについていた。
「起きてるよ」
「……ならいいわ」
「なんだよ」
天は小さく笑う。
蓮華は天の胸元に顔をうずめるように体を密着させる。
二人の足が布団の下で絡み合う。
パジャマ越しに体温が伝わってくる。
「……なに?」
天が蓮華の頭を抱きかかえるように腕を回すと、蓮華は視線を向けてきた。
「なんとなく」
大した意味はない。
ただ愛おしくて、抱きしめたくなっただけだ。
――予感がある。
きっと天たちの戦いはそれほど長くは続かないと。
決着の時が迫りつつあると。
泣いても笑っても、終わりが訪れると。
これまでにない危機が襲ってくるのだろう。
だからこそ、今ここにいる彼女を抱きしめたい。
共に戦う仲間であり、共に歩んでゆくパートナー。
そんな彼女の存在をもっと強く感じたいのだ。
「なあ蓮華」
「?」
「戦いが終わったらさ。一緒に旅行に行かないか?」
「……死亡フラグ?」
「ちげーし」
天は唇を尖らせる。
確かに死亡フラグじみたセリフではあったが。
こんなところで蓮華を残して死ねるわけがない。
「だって戦いが終われば、俺たちも遠出できるだろ?」
今は外出には申請が必要で、それも多くて一日程度。
旅行なんてできない。
だがそれは、ALICEには世界を救うという役割があるから。
逆に言えば、世界を救った後ならば以前よりも自由に外出できるようになるだろう。
旅行くらいならどうにかなるはずだ。
「だからさ。蓮華と一緒に見て回りたいんだよ」
天は思いをはせる。
戦いの終わった、平和な世界へと。
「前世の同じ場所のさ……違う景色を見てみたりしてさ」
この世界に、天たちが住んでいた町はない。
それでも、違う名前で存在している。
そんな場所を二人で見に行きたいのだ。
「見慣れたコンビニがなくて、やっぱり違う世界なんだってがっかりしたり。前の世界にはなかった、美味しいレストランを見つけたりさ」
当然のように存在する差異。
この世界になくて落胆するもの。
この世界だからこそ見つけられるもの。
それを二人で、確かめていきたい。
「そうやって最後は『この世界は俺たちが守ったんだ』って笑いあえたらいいなって思うんだ」
そして――蓮華に誇ってもらいたいのだ。
自分の戦いが守ったものを。
ずっと苦しんできた彼女だから。
何も成し遂げることができなかったと後悔を抱えた彼女だから。
救われた世界を一緒に見て回りたいのだ。
「そうね――」
蓮華の顔は見えない。
だけどきっと、彼女は微笑んでいた。
「これからずっと……二人で生きていく世界だものね」
☆
「……少し虚しくなってきましたわ」
「だな……」
天の部屋の前。
アンジェリカと美裂は短く言葉を交わした。
天の同性愛疑惑。
それを確かめるために。
「愛っていいですわね」
アンジェリカは伸びをする。
結論から言うと、美裂の推測は当たっていたらしい。
とはいえ何かが変わるわけではない。
天も蓮華も大切な仲間だ。
これからも変わらない。
「ちょっと人恋しい気分ですわ」
誰かを愛していて、誰かに愛されている。
その喜びを再確認した気がする。
「愛か……」
美裂は天井を眺める。
「あんまり縁がなかったからな」
アンジェリカたちは天の部屋から離れてゆく。
二人の邪魔をしてしまうのは気が引ける。
「でも確かに……悪くないかもな」
「あら。美裂さんも色恋に興味が出てきましたの?」
「そんな大層なことじゃねぇよ」
美裂は小さく笑う。
「自分がしたいっていうより、今は応援してやりたい気持ちが強いな」
「わたくしも。しばらく恋愛はお預けですわね」
自分自身の恋愛よりも、仲間たちの恋路を見守りたい。
どうやら二人の気持ちは一致していたらしい。
「恋人のいない寂しい女たちは、ママに慰めてもらうとするか」
「ですわね」
それからアンジェリカたちは、彩芽の部屋に向かうのであった。
果たして2人は、平和な世界を一緒に旅できるのか。
それでは次回は『幻想の終わり』です。