8章 5話 天と蓮華
「言っておくけど、天が邪魔しなかったらアタシが勝ってたんだから」
蓮華は頬を膨らませる。
「それ3回は聞いたって」
一方、天は小さくため息を吐く。
現在、二人は天に割り当てられた部屋にいた。
彼女たちはすでに夕食を終えている。
「デフォルト設定での戦いは確かにちょっと……旗色が悪かったけれど。でも、住宅地のステージに変えてからはアタシが勝ち越してたわ。あと5……4回だけでも戦っていたら、トータルの戦績は逆転してたはずよ」
蓮華が不機嫌な理由はそれだった。
――14対15。
それが蓮華と月読の戦績であった。
蓮華は、負け越したまま戦いが終わったことが不満なのだ。
「だって飯の時間だったんだから仕方ないだろ」
加えるのなら、試合を止めたのが天だったことも不機嫌の原因である。
もっとも、天は夕食の用意ができたことを伝えに行っただけなのだけれど。
「なによ。アタシの勝利と夕食。どっちが大事なわけ?」
「悪い。それは飯だな」
わりと蓮華の勝敗に興味はなかった。
「んん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
憤慨する蓮華。
蓮華は両手で天の肩を掴むと、頭をゴリゴリと彼女に胸元に押し付けてくる。
「う……わふっ。暴れるなってっ……!」
天は蓮華の頭を押さえる。
痛いわけではないが、蓮華をゆっくりと引き離す。
「そうはいっても、蓮華が負け越したからって別に……なぁ」
「んん~~~~~~~~~!」
天が本音を漏らすと、蓮華がさらに憤る。
もう少しで機関車のように煙を噴き始めるかもしれない。
「だって正直、イジけてる蓮華も可愛いし」
「んん~~~~~………………んんぅ」
火山が――鎮火した。
髪を逆立てんばかりに怒っていた蓮華の激情が萎えてゆく。
「そういうのは……卑怯よ」
蓮華は唇を尖らせ、そっぽを向いた。
(こういうところが可愛いんだよなぁ)
天はそんなことを思うのであった。
☆
財前邸はまるで高級ホテルのようであった。
豪奢な内装だけではない。
風呂と一言で言っても、大きな露天風呂もあれば砂風呂まである。
そして――客室ごとにも風呂が存在していた。
露天風呂も確かに魅力的だ。
しかし天にとって重要なのは個室に付属している浴室であった。
「なあ蓮華」
天は蓮華に声をかける。
現在、二人は裸で浴室にいた。
露天風呂の開放的な空間も良い。
しかし、恋人と個室で二人きりという喜びには代えられない。
「髪、洗おうか?」
天は蓮華の背後に回り込んで尋ねた。
浴室といえ、この屋敷の一室。
二人でいても余裕のある広さだ。
「いい。天、髪洗うの下手だし」
「う……」
しかし天の提案は却下されてしまう。
蓮華はそのまま自分で髪を洗い始めた。
「仕方ないだろ。こんな髪が長かった時期なんてないんだからさ」
そんな光景に、天は少し拗ねた声を出す。
元々は男性だったのだ。
今の天のような長髪だった時期はない。
当然、髪の手入れに関するノウハウもなかった。
これでも他のメンバーの指導によって上達したのだが、生まれた時から女の子であった蓮華たちには敵わないわけで。
「分かってるわよ」
そんな天を見かねたのか、蓮華が嘆息すると立ち上がる。
彼女は洗い終えたらしい髪をまとめ上げ、タオルを巻いて固定した。
「ほら座って。洗ってあげるわ」
「おう……」
蓮華に促され、天は座る。
さっきまで蓮華が座っていたからか、椅子は少し温かかった。
「ん……」
シャワーが天に降り注ぐ。
蓮華の細い指が、天の髪を通ってゆく。
頭皮に伝わってくる刺激が心地良い。
「どう? 気持ちいい?」
「お……おう」
入念なマッサージのような快楽。
自然と天は蓮華に身を委ねる。
「んっ……」
背後で蓮華が動いた気配がする。
彼女の手が伸び、シャンプーを手に取っていた。
どうやらアレを取るために身を乗り出していたらしい。
「うん」
そんな蓮華の姿を横目で見つつ、天は思う。
そして納得の頷き。
「? どうしたの?」
天の意味深な行動が気になったのか、蓮華が問いかけてくる。
思えば、蓮華の頭皮マッサージで少し気が緩んでいたのだろう。
必然かのように天の口も緩くなっており――
「いや。前かがみになってもあんまり胸が――ぃぎっ」
蓮華が、天の頭皮に爪を突き立てた。
若干、ガリッという音がした気がする。
「天」
なんとなく分かる。
今の蓮華は笑顔だ。
――あまり好ましくない意味で。
「……今、濡れてる自覚あるのかしら?」
「怖っ!」
ほとんど殺害予告だった。
風呂場で蓮華をキレさせたら死にます。
それでは次回は『天と蓮華2』です。