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8章  4話 天と美裂とアンジェリカ

「ガチレズの匂いがする」

「……唐突に何ですの?」

 美裂の言葉に、アンジェリカはトレーニングの手を止めた。

 アンジェリカが振り向けば、美裂は神妙な表情を浮かべていた。

「最近の天からはガチレズの匂いがするんだよなぁ」

「……はぁ」

 腕を組んで頷く美裂。

 アンジェリカはそんな気の抜けた声を返す。

「いや。最初は女同士のスキンシップに慣れてないのかと思ったんだけどな」

 美裂は思案している。

 天宮天。

 確かに、彼女の態度には少し変わった部分もあった。

 妙に少年らしいというか。

 アンジェリカたちの些細な仕草に過剰な反応を示すことがあった。

 彼女はただ、天が近しい人間との触れ合いに不慣れであるのだと思っていたのだが――

「でも最近……年末あたりか? ちょっと雰囲気が変わったんだよなぁ」

 年末。

 それは多くのことがあったタイミングだった。

 ALICEのリーダーは天に代わった。

 《ファージ》の王が現れた。

 とはいえ美裂の言わんとすることは見えない。

「具体的にはどう変わりましたの?」

「チラ見が減った」

「?」

 美裂の言葉は想像していないものだった。

 アンジェリカはぽかんとした表情で首をかしげる。

「前はからかうと目を逸らした後、なんだかんだチラ見してたんだけど最近はないんだよな」

「そう……でしたの?」

 どちらかというと天は慌てたように逃げることが多く、盗み見られているという認識はなかった。

「アンジェリカはそういうとこ鈍いからな」

 美裂は笑う。

 確かに、自分はそういう部分に疎いのかもしれない。

 少なくとも、他者からの気配察知に関しては美裂のほうが何枚も上手だろう。

「でもチラ見がなくなった=興味がないっていうより……義理立て? みたいな感じなんだよな」

「何に対する義理ですの……?」

 視線を向けないことと義理が頭の中でつながらない。

 それこそ、見ないのなら興味がないのではとしか思えない。

「そりゃあ好きな女にじゃねぇの?」

 美裂が出した答えはこうだった。

「つまり天は元々レズの素養があった。だけど本命が現れたことで、以前よりも他の女への興味を抑えてる――ってわけだ」

「レズの素養というワードが強すぎて他が頭に入ってきませんわ」

 アンジェリカは嘆息する。

 しかし、美裂の言いたいことは分かった。

 好きな女性がいるからこそ、他の女性に視線を向けないようにする。

 そんな一途さを義理立てと評したのだろう。

 そう考えればアンジェリカにも理解できる。

 

「気にならないか? 天の相手」


 美裂はニヤリと口の端を上げる。

 天からは特に話を聞いていない。

 にも関わらず恋人の存在を勘繰る。

 それはあまり美しい行いではないのかもしれない。

「……そこまで言われると、気になってしまいますわね」

 とはいえ、アンジェリカも色恋に興味津々な年頃の少女であった。

 もし美裂の想像が事実だったとして。

 仲間の恋愛模様を見てみたいという欲求は間違いなく存在していた。

「とりあえずアタシはなし。で、反応を見るにアンジェリカでもない」

 美裂は指を2本折った。

「彩芽ママも考えたけど……しっくりこないんだよな。恋愛感情って感じはしねぇ」

 3本目の指が折られる。

 天と彩芽。

 二人はそれなりに一緒にいることもあるが、天がお菓子や料理をもらっていたりなど――表現として正確なのかは微妙だが、餌付けされているようにも見える。

 それとも胃袋を掴まれているというべきか。

 親しくはあるが、恋人というよりも年長者に甘えているだけのようにも思える。

 ――そしてそれは、ALICE内では珍しい光景ではなかった。

 もしもあれが恋愛感情によるものと定義するのであれば、ALICEは全員彩芽に恋しているということになってしまう。

「そして今回入ってきた月読。以前から天とも交流があったみたいだし、天がアイツのことを信じていたのも特別な関係性が前提にあったからと考えれば納得がいく」

 4人目の候補。

 しかし今回、美裂は月読の存在を候補から除外しなかった。

「確かに、天さんが月読へと向ける信頼には……わたくしたちには語られていない大前提があるようには感じていましたわ」

 アンジェリカだけではないだろう。

 きっと他のALICEも感じている。

 月読と天――場合によっては蓮華も、他のメンバーに隠していることがある。

 その事実こそが、彼女たちの間にある信頼関係の根幹であると。

「と、ここまでが消去法だ。」

 美裂はそこで話を区切った。

 太刀川美裂。天条アンジェリカ。生天目彩芽。

 3人の候補はすでに除外された。

 だから今度は、残るメンバーから誰が『相手』なのかを炙り出そうというらしい。


「結論から言うと……天の相手は多分――蓮華だ」


「……根拠はありますの?」

 アンジェリカは尋ねた。

 美裂の表情には妙な自身がある。

 彼女の中では、それなりに信じるに足る答えのようだが。

「半分は勘というか――単純に、天の態度からの推測だな。蓮華に対する態度は他のメンバーと比べても違うんだよ」

 勘という不確かな根拠。

 しかし、そもそも話の始まりそのものが美裂の勘である。

 ここで否定しても話は進まないだろう。

「単純に親しくなったって感じじゃない。友情っていうのとは、また違う気がするんだよ」

「分かりませんわ……」

 年末。

 天と蓮華。

 まったく思い当たる節がないわけでは――ない。

 天が外出に蓮華を誘ったのもその時期。

 蓮華が倒れた時に、天はずっと気にかけていた。

 そして変化は、天だけではなかった。

 蓮華が、半分とはいえリーダーの役割を天に譲った。

 以前に比べて、天への態度が軟化した。

 ――分からないとは言ったものの、浮かぶのは美裂が提唱する説を補強するような事実ばかり。

 アンジェリカの中でも、美裂の言うことに一理あるのではないかという考えが芽生えてくる。

「だからだ」

 美裂は笑った。

 狡猾に。

 イタズラを思いついたような表情で。


「――確かめてみねぇか?」


「今から……ですの?」

 二人のいる部屋の時計は10時を指し示そうとしていた。


 天×蓮華の疑惑が浮上中。


 それでは次回は『天と蓮華』です。



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