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8章  2話 天と月読

「……なるほど」

 月読は衣装の裾を摘まみ上げる。

 春をイメージした桜色の衣装は普段の彼女とまた違った魅力がある。

 以前からゴスロリ服という浮世離れした格好をしているせいか、アイドル衣装も彼女は自然に着こなしていた。

「月読はアイドルのレッスンって受けてたのか?」

 天は尋ねる。

 月読が箱庭を抜けたのが3年前。

 まだALICEがアイドルデビューする前の話だ。

「いいえ。蓮華ちゃんが加入するまでは一人で戦っていましたし、蓮華ちゃんが入ってからはすぐに独り立ちしましたので」

 月読は微笑む。

 確かに月読はマリアの指示の下、素体を探すという任務があった。

 しかし彼女がALICEとして戦わなければ、多くの人間が犠牲となってしまう。

 だからこそ、他のメンバーが現れるまで月読は箱庭を抜けるわけにはいかなかった。

 そして蓮華が加入したタイミングで、月読は本来の目的のために動き始めたのだろう。

「そういうわけで、わたくしは新人ですよ。天()()

「先輩……」

 月読が口にした言葉を反芻する。

 先輩。

 ……良い響きだった。

「と……ともかくっ。ライブまで大変だけど頑張ろうなっ……!」

 天は照れ臭さを隠しながらそう言った。

 ――次のライブは4月。

 それはALICE結成3周年を記念するライブだ。

 現在は1月ということを考えると、あまり時間はない。

「今回も俺のデビューの時と同じで、月読はラスト一曲が始まるタイミングで紹介されることになってるからそのつもりでいてくれ」

「はい」

 そんなことを言いながら、天は過去を振り返っていた。

 天がALICEとなり、この世界に生まれた日のことを。

 そして嫌々ながらもアイドルとしてのレッスンを始め――そこに意義を見出した日のことを。

「それにしても、よろしかったのですか?」

「何がだ?」

 月読の言葉に天は首を傾ける。

「アイドル活動の件です。事態が事態ですし、活動休止という案もあったんですよね」

「ああ……」

 活動休止。

 半年か。一年か。

 世界を救うまで、アイドルとしての活動を停止する。

 ある意味で必然ともいえる話だった。

 世界の危機が迫っている以上、それを防ぐために全力を注がねばならないから。

 そもそも箱庭はすでに崩壊しており、スタッフの大半が一時的に休職している。

 そんな状況でアイドル活動することは難しい。

 だけど天たちは、アイドルとしての活動をやめることはなかった。

 雑誌の撮影など、仕事の一部を減らしてはいる。

 それでもせめて3周年ライブだけは。

 メンバーの意志は一致していた。

「こういう時だからこそ……目標が欲しいのかもな」

 天は笑う。

「ライブまでは死ねないって。ライブが終わったら、次のライブまで戦い抜いてみせるって。そんな目標が欲しいんだと思う」

 暗闇には道標が必要だ。

 それを辿ることで、天たちは走ってゆける。

 道標が力になるのだ。

 世界の救済とアイドル活動。

 両立は苦労も多いだろう。

 それでも、それだからこそ戦える。

「そうかもしれませんね。一人で暗闇を歩くのは……寂しすぎますから」

「だな」

 1人では生きられないから、天たちはユニットなのだ。

 暗闇で迷いそうになるから、天たちはファンの笑顔を目指して走る。

 救うべき人たちに支えられながら、天たちは戦うのだ。

「天さん」

 月読の顔が接近してきた。

 鼻同士が軽く触れ合う。

 さらに月読は、顎を天の肩に乗せるようにして――

「先輩として、これからアイドルのこと教えてくださいね」


「……いっぱい」


 甘い声。

 その囁きは悪魔じみた魔性を宿していた。

 月読の手が天の背中に回される。

 白魚のような指が天の背中をなぞり上げ――


「……随分楽しそうね」


「ッ!?」「あらあら」

 声が聞こえた。

 天が月読の肩越しに見たのは――腕組みをした蓮華だった。

 どうやら彼女もレッスン室を訪れていたらしい。

「うふふ。百合はアイドルに欠かせませんから」

 めちゃくちゃに動揺している天とは違い、月読は落ち着いた様子で蓮華にそう言い返した。

 そして月読はさらに強く天を抱きしめる。

「天さん。いっそ男性として、ハーレムを目指してはいかがですか?」

 月読は蓮華に振り返る。

「タイプの違う美少女を侍らせたいという欲求を満たしてみてはいかがですか?」

「い、いや……ハーレム願望がある前提で話されても……」

 蓮華も月読も美少女である。

 確かに持っている属性の方向性に違いはあれど、その一点に疑いの余地はない。

 そんな少女たちに囲まれることは、男の願望といえるのかもしれないが――

「へ、へぇ……」

 攻勢に出ていたはずなのに、動揺していたのはむしろ蓮華であった。

 わずかに声が震えている。

 頬もひきつっていた。

 漫画であれば、青筋が浮かび上がっていたことだろう。

「そんなに知りたいなら、アイドルに欠かせないものをもっと教えてあげるわ」

「枕営業ですか?」

「発想ッ……!」

 月読の言葉に天は思わず反応した。

 アイドルから真っ先に想像する言葉としてはどうかと思う。

「いいえ」

 蓮華は月読の発言を否定する。

 彼女の髪から電気が弾けた。


「女同士の――ドロドロした潰しあいよ」


 ――結局、天たちは戦闘訓練をする羽目になった。


 少しの間は財前邸でのやり取りとなります。


 それでは次回は『天と彩芽』です。



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