1章 14話 転生初日とその終わり2
「そういえば、瑠璃宮はどこ行ったんだ?」
天はこの場にいない少女の名を口にした。
瑠璃宮蓮華。
ALICEのリーダーである彼女は、この浴場に向かうことなく別行動をしていた。
「蓮華ちゃんは作戦の報告に行ってるんだと思いますよ」
彩芽がそう言った。
蓮華がチームのリーダーであるのなら、作戦の報告もまた彼女の仕事なのだろう。
「…………へぇ」
天はそんな言葉を返した。
蓮華との出会いはあまり好印象なものではなかった。
嫌いというわけではない。だが、近寄りがたいという印象が強い。
そんな想いが表情に出ていたのだろうか。
彩芽が微笑みながら天の顔を覗き込んでいた。
「蓮華ちゃんが今日、急にフォーメーションを変えた理由を知っていますか?」
そんな問い。
今日の作戦では、移動のヘリの中でフォーメーションを決めた。
その理由は明白だ。
「俺がいたから、すよね?」
「半分正解です」
彩芽が笑う。
彼女の言わんとすることを理解しているのか、アンジェリカも美裂も笑みを浮かべていた。
「?」
「今日はアタシが前に出てただろ?」
いまいち理解が進んでいない天に、美裂はそう言った。
確かに、今日の陣形において前方を担当していたのは美裂だった。
「普段なら、あの立ち位置は蓮華なんだよ」
「……どういうことなんだ?」
やはり意図が掴めない。
「いつもは蓮華さんが先陣を切り、短時間で制圧しますの」
「でも、今回は美裂ちゃんがその役目をすることになった」
アンジェリカの言葉を彩芽が補足する。
そして彩芽が「気付いてました?」といたずらっぽく笑う。
「今日の蓮華ちゃんの立ち位置は――何があっても天ちゃんへのフォローが間に合うギリギリの場所だったんですよ?」
「……!」
やっと彼女たちが言いたかったことを理解した。
いつもと違うフォーメーション。
結果として、蓮華はいつもより中心寄りの立ち位置に移動していた。
そして陣形の中心にいたのは――天だ。
「俺がしくじった時のために待機してたってことすか……?」
「多分、ですけど。ツンツンしてるけど、けっこう優しいんですよ?」
「最初から期待してなかっただけよ」
天たちの頭上から声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには腕組みをした少女がいた。
少女――瑠璃宮蓮華はほとんど睨むように天を見下ろしていた。
「初めての任務が上手く行ったからって調子に乗らないことね。今回成功しても、次失敗したら大怪我するんだから」
「……分かってるよ」
天は口を尖らせる。
蓮華が言っていることを間違っているとは思わない。
間違いなく、今日の戦いは命がけのものだ。
今回上手く切り抜けたとしても、それで慢心してしまえばいつか致命的なミスをしてしまうことだろう。
とはいえ初任務を終えた高揚感のせいか、反発心が生まれてしまうわけで。
「じゃ――俺もう出るわ」
天は湯から体を持ち上げた。
「あら? もう出てしまいますの?」「ま、喋ってたら結構時間経ってたかもな」
そう言いつつ、アンジェリカと美裂が立ち上がった。
そのまま三人は浴場を出て、私室に向かうのであった。
☆
「それで、どうして期待していないなんて言ったんですか?」
「新人がちゃんと出来ないのなんて当たり前じゃない。期待しているなんて言うほうが無責任でしょう?」
「もう……ちゃんとそう言ってあげればいいのに」
「…………言ったわよ」
☆
「どんなパジャマかって楽しみにしてたのにな」
美裂はそう笑う。
現在、天の私室には美裂、アンジェリカの二人がいる。
一人でいるには充分な広さの部屋だが、三人となると少し部屋が狭く感じられる。
時刻としては夜。
人によっては眠り始めるような時間帯。
そんな中、天たちはパジャマ姿で語らっていた。
もっとも、天が着ているのはジャージだったが。
「アイドルとなるのですから、寝間着にも気を遣うべきですわ」
そう語るアンジェリカが着ているのはレースがふんだんにあしらわれたネグリジェだ。
貴族令嬢を思わせる容姿を持つアンジェリカにはよく似合っていた。
一方で、ミスマッチ――というよりも意外なのは美裂だ。
一言でいえば、着ぐるみ。
体形が隠れるような寸胴なパジャマ。
フードには耳と目がついており、フードをかぶれば人間サイズの動物が爆誕する。
もっとも、天の知識にはない謎生物なのだが。
正直、美裂もジャージ派閥の人間だと思ってだけに衝撃的だった。
とはいえ似合っていないというわけではない。
尖った歯に、男っぽさを感じさせる口調という記号によって薄れがちだが、美裂は意外に童顔だ。
少なくともチェーンソーを振り回す姿など想像もつかないくらいに。
「暇なときにでも、新しいの買ったらどうだ? いつ必要になるか分からないしな」
「ですわね。パジャマ姿を見せることもありますし、せめて一着くらいは見せることを意識したものを持っておくべきですわ」
「お…………おう」
少し引いてしまう天。
しかし、今の言葉を聞いて思う。
先程彼女たちが語ったのは『アイドルとしての言葉』だ。
アイドルとして、ファンを意識したがゆえの発言。
(アイドル――か)
このままALICEの一員としてすごすのなら、アイドル活動はおそらく避けられないだろう。
推測だが、ALICEのアイドル活動はこの箱庭を運営するための資金源としての側面もあるはずだ。
そうでなければ『表の顔』が必要とは考えにくい。
それこそ救世主としての役割に徹してもいいはずなのだ。
そんな事情があるのなら、新入りである天だけが感情的にアイドル活動を拒否することなど不可能だろう。
つまり避けられない未来なわけで――
「………………」
思わず想像してしまう。
可愛らしい衣装。
それを纏った自分が、きらめくステージの上で歌って踊る姿を。
そんな彼女へと熱を込めて見つめる大量の男性ファン――
「~~~~~~~~~~~~!?」
(やっぱりアイドルなんて嫌だッ……!)
無言で震える天。
そんな彼女を見て、アンジェリカと美裂は不思議そうに顔を見合わせていた。
しかしそれを気にする余裕もなく、天はクッションに顔をうずめるのであった。
――そうして夜が明けてゆく。
天宮天の転生初日が終わっていった。
蓮華は言葉足らず系リーダーです。
それでは次回は「レッツ・レッスン」です。